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共語化

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

共語化またはコレクシフィケーション[1](英語: colexification)とは、意味論言語類型論などの言語学の分野において、一つの言語の中において、複数の異なる意味概念が同じ語形を共有する現象を言う[2]。すなわち、一つの単語が複数の意味を表すことである。例えば、日本語では「人々」と「村」、英語ではpeoplevillageとそれぞれ異なる単語で〈人々〉と〈村〉という二つの概念を表しているのに対し、スペイン語ではpuebloと一つの語で両方の意味を担っている。

「共語化(co-lexify)」に対立する概念は「異語化(dis-lexify)」であり、これは2つの意味を異なる語彙形式で表すことを指す。[3] たとえばロシア語は〈腕〉〈手〉を同じ語рукаで表すが、スペイン語ではbrazo「腕」とmano「手」のように、これら2つの意味を異なる語で表す。

共語化の例

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言語 語形 意味1 意味2 意味3
バスク語 herri 「村」 「人々」 「国」
スペイン語 pueblo 「村」 「人々」
カタルーニャ語 sentir 「感じる」 「聞く」
フランス語 femme 「女性」 「妻」
fille 「少女」 「娘」
grand 「大きい」 「(身長が)高い」 「(年齢が)大人になった」
英語 uncle 「母方の叔父」 「父方の叔父」 「おばの夫」
draw 「引く、引っぱる」 「線で描く」
オーストラリア・クレオール語 gilim 「打つ」 「殺す」
中国語 tiān 「空」 「天」 「日」
日本語 ki 「木」 (: tree) 「材木」(: wood)
モタ語 pane- 「腕」 「手」 「翼」
フィンランド語 palvella 「サービスする」 「働いている」 「貢献する」
murros 「転記」 「裂け目」
saavuttaa 「追い付く」 「到着する」 「成し遂げる」
イタリア語 ciao 「こんにちは」 「さようなら」
ベトナム語 chào 「こんにちは」 「さようなら」
LSF 「こんにちは」 「ありがとう」
(sign) 「(人が)親切な」 「(物事が)簡単な」

言語類型論

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言語によって共語する概念としない概念の分布が異なるため、例えば、日本語では、音を知覚する音を〈聞く〉、声に耳を傾ける〈聴く〉、人に質問する〈訊く〉、薬などの効果がある〈効く〉の4つの概念が同様に「きく」という音形によって表されているため、これらの概念の共語化と言える。しかし、韓国語では日本語同様〈聞く〉(聴く)〈効く〉を「듣다」(トゥッタ)として共語するが、日本語と異なって〈訊く〉は「묻다」(ムッタ)という別の語形によって表され、前者の「듣다」が〈訊く〉を表すこともなければ、後者が〈聞く〉(聴く)〈効く〉を表すこともない。アイヌ語や英語、中国語などの例も合わせて表にまとめると以下の通りである。

概念 〈聞く〉 〈聴く〉 〈効く〉 〈訊く〉
日本語 きく
韓国語 듣다 묻다
アイヌ語 nu (ko)pisi
中国語 有效
漢文
英語 hear listen be effective ask

共語化は、曖昧性多義性同音異義性をあえて区別せず、中立的な記述用語として考案された。言語間でよく見られる共語化もあれば(青と緑の区別など)、特定の言語・文化圏に特徴的なものもある(パプア諸語オーストラリア諸語で〈木〉と〈火〉の共語[4]漢蔵語族において〈雷〉と〈龍〉の共語[5]など)。

歴史

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この用語は言語学者のアレクサンドル・フランソワ英語版によって、2008年の論文「Semantic maps and the typology of colexification」において初めて提唱された。この論文では、〈まっすぐ〉〈呼ぶ〉〈呼吸する〉といった意味領域での例を用いて共語化が示されている。特に「呼吸する」の語義網は複数の言語において「呼吸」「生命」「魂」「精神」「幽霊」などの意味が一体化していることが示され、例えばサンスクリットआत्मन् (ātmán)古典ギリシア語ψυχήπνεῦμαラテン語 animus, spīritusアラビア語 روح (rūḥ)などが挙げられている。フランソワはこの例をもとに、語彙的意味マップの構築手法を提案した。

その後、多くの研究が共語化の概念を取り上げ、さまざまな意味領域や言語族に適用している。[6]また、共語化はCLiCS(“Database of Cross-Linguistic Colexifications”)と呼ばれる専用のデータベースでも扱われている。[7] このデータベースは世界の2400を超える言語変種の資料に基づき、特定の共語化事例の類型論的頻度を調べたり、[8] 意味ネットワーク[9]を可視化したりすることが可能である。

関連項目

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外部リンク

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  • CLiCS “Database of Cross-Linguistic Colexifications”.「通言語的共語化データベース」

注釈

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  1. ^ 大学ジャーナルオンライン編集部 (2024年1月28日). “多くの感情と意味的類似性がある中心的感情は4つ、東京理科大学と埼玉大学が解析”. https://univ-journal.jp/241845/ 
  2. ^ 福家水月; 松本朋子; 島田裕; 池口徹 (2022). “Colexificationネットワークにおける感情とハブ”. 電子情報通信学会大会講演論文集 2022. https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=202202252651320786. 
  3. ^ François (2022:95).
  4. ^ Schapper et al. (2016).
  5. ^ Ding & Dong (2024).
  6. ^ 参考文献を参照。
  7. ^ List et al. (2018)、Rzymski et al. (2020)を参照。
  8. ^ たとえばHEAR(聞く) – FEEL (感じる)の共語対を参照。
  9. ^ たとえばBRAVE(勇敢)周辺の部分グラフ

参考文献

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