全烋相
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全 烋相(チョン・ヒュサン、朝鮮語: 전휴상、1934年1月10日 - 1980年6月23日)は、大韓民国の実業家、政治家。第5・6・7・8代韓国国会議員務めた[1]。
経歴
[編集]日本統治時代の全羅北道鎮安郡出身。全州高等学校文科、高麗大学校政経学部政治学科卒。国会議員4期のほか、海東農林株式会社取締役、社団法人韓国養苗協会会長、民主共和党全北第5地区党委員長・議員総会副総務・院内副総務、鎮安郡4Hクラブ自願指導者連合会会長、第7・8代国会農林委員会委員長などを務めた[2][1][3]。
1980年6月23日、ソウル市西大門区の自宅で胃がんにより死去、享年47[4]。
エピソード
[編集]1967年の第7代総選挙では全北鎮安・茂朱・長水選挙区から74,385票を獲得し当選した。これは同選挙での地域選挙区の最高得票数であった[5]。
脚注
[編集]- ^ a b “대한민국헌정회”. www.rokps.or.kr. 2024年9月11日閲覧。
- ^ 최창렬, “전휴상 (全烋相)” (朝鮮語), 韓国民族文化大百科事典 (韓国学中央研究院) 2024年9月11日閲覧。
- ^ “근현대인물자료 < 한국 근대 사료 DB”. db.history.go.kr. 2024年9月11日閲覧。
- ^ “5.6·7.8代(대) 國會議員(국회의원) 全烋相(전휴상)씨 宿患(숙환)별세”. NAVER Newslibrary. 매일경제 (1980年6月23日). 2024年9月11日閲覧。
- ^ “最高得票(최고득표)…全烋相(전휴상) 最高票差(최고표차)…金鍾泌(김종필) 最年少者(최연소자)…李基澤(이기택)”. NAVER Newslibrary. 동아일보 (1967年6月10日). 2024年9月11日閲覧。