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入船亭扇海

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
入船亭いりふねてい 扇海せんかい
Irifunetei Senkai
入船亭(いりふねてい) 扇海(せんかい) Irifunetei Senkai
入船亭扇海定紋「つたの葉」
本名 関川せきかわ 博之ひろゆき
生年月日 (1952-03-22) 1952年3月22日(72歳)
出身地 日本の旗 日本東京都
師匠 九代目入船亭扇橋
名跡 1. 入船亭扇たく
(1978年 - 1981年)
2. 入船亭扇海
(1981年 - )
出囃子 乗合船
活動期間 1978年 -
所属 落語協会

入船亭 扇海(いりふねてい せんかい、1952年昭和27年〉3月22日 - )は東京都足立区出身の落語家。本名∶関川 博之落語協会会員。出囃子は『乗合船』。

経歴

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東京都立江北高等学校を卒業後ミュージシャンを志し、ベーシストとしてビッグバンドに所属。海外渡航後に落語に触れたことで落語家の道に入る。

1976年九代目入船亭扇橋に入門。翌々年前座となる。前座名は扇たく

1981年古今亭菊枝と共に二ツ目昇進。扇海となる。

1993年古今亭菊寿柳家喜多八三遊亭若圓歌三代目入船亭扇蔵四代目柳亭市馬柳家さん生柳家はん治全亭武笙桂ひな太郎と共に真打昇進。

父親の生まれた千葉県勝浦市に移住。自宅周辺を落語ジャズの楽しめるライブハウスに改装した(自身の病気療養のため、一度転居・移転している)。また、同市にて年に数回開催される「勝浦落語会」をプロデュースしている[1][2][3]

58歳の時ステージ4の膵臓がんで余命半年と診断されたが、さまざまな治療を駆使してがんを抑えることに成功した[4]

芸歴

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人物

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弟子

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廃業

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  • 入船亭こづ海

出典

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  1. ^ がんと向き合う 笑いを届け続けたい”. NHK (2018年2月8日). 2020年11月13日閲覧。
  2. ^ わたしと健康 落語家 入船亭扇海さん がん術後も満身創痍 自然豊かな勝浦で再起 寄席・劇団で好奇心燃やす」『毎日新聞』2019年7月21日。2020年11月13日閲覧。
  3. ^ コロナ禍乗り越え勝浦落語会再開 入船亭扇海さん」『朝日新聞』2020年9月18日。2020年11月13日閲覧。
  4. ^ "58歳で「膵臓がんステージ4」「余命半年」と言われて絶望…落語家を救った「主治医からのひと言」". 現代ビジネス. 講談社. 17 February 2024. 2024年2月17日閲覧

外部リンク

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