児玉俊一郎
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児玉 俊一郎(こだま しゅんいちろう、1926年8月8日 - 2019年3月17日)は、日本の経営者。呉羽化学工業(現在のクレハ)社長を務めた。
来歴・人物
[編集]東京都出身[1]。1950年に慶應義塾大学経済学部を卒業し、同年に呉羽化学工業(現在のクレハ)に入社[1]。1979年6月に取締役に就任し、1984年6月に常務を経て、1988年6月には社長に就任[1]。1997年6月に会長を経て、2001年6月には最高顧問に就任[1]。
1993年11月に藍綬褒章を受章し、1998年11月に勲三等旭日中綬章を受章[1]。
2019年3月17日に慢性心不全のために死去[2]。92歳没。
脚注
[編集]- ^ a b c d e 興信データ株式會社 2003, こ108頁.
- ^ 児玉俊一郎氏が死去 元呉羽化学工業(現クレハ)社長2019年 3月25日 日本経済新聞
参考文献
[編集]- 興信データ株式會社『人事興信録 第42版 上』興信データ、2003年。
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