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保巖

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
保巖
生誕 1948年11月6日
アメリカ合衆国統治下名瀬市
死没 (2016-11-29) 2016年11月29日(68歳没)
鹿児島県日置市伊集院町下谷口
国籍 日本の旗 日本
職業 武道家空手)・アマチュア写真家
肩書き 全日本少林寺流空手道連盟錬心舘・第二代宗家(十段範士)
保勇(父)
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保 巖(たもつ いわお、1948年11月6日[1] - 2016年11月29日[2])は日本武道家、アマチュア写真家[3]

少林寺流空手道錬心舘の二代目宗家。號は少林寺守正(しょうりんじもりまさ)であり、十段範士である。

人物

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少林寺流空手道錬心舘開祖保勇の長男。

19歳の時、フィリピンへ渡航。バギオ大学において流派の普及と指導に当たる。以降、台湾やドミニカ共和国を拠点に中米地域などでも普及活動につとめ、現在の海外支部の基礎を築いた。

宗家襲名後も海外への流派普及推進には積極的であり、欧米以外にも貧困国などに対して直接指導のために赴いている。特にインドでは貧困層の子供に向け、教育支援および医療支援のため「イワオ・タモツ国際基金」を創設。社会福祉活動についても積極的な姿勢を示した。

また書道や絵画などの芸術方面にも幅広く親しみを見せ、錬心舘創立50周年を数える2010年平成22年)より2016年平成28年)まで墨書による自筆にて流派のテーマとなる漢字一文字を発表した。

2016年11月29日に日置市伊集院町下谷口にある錬心舘総本山にて死去(没年68歳)[2]

経歴

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脚注

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関連項目

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外部リンク

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先代
保勇
少林寺流空手道錬心舘
宗家
保巖
次代
保勇三