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伊藤文吉 (男爵)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
伊藤 文吉
いとう ぶんきち
貴族院議員時代
生年月日 (1885-12-15) 1885年12月15日
出生地 日本の旗 日本 山口県
没年月日 (1951-11-25) 1951年11月25日(65歳没)
出身校 東京帝国大学法科大学法律科卒業
所属政党 公正会
(1922年 - 1947年)
配偶者 妻:伊藤寿満子(桂太郎の五女)
親族 伊藤博文(父)
佐多愛彦(娘婿の父)

在任期間 1922年3月18日 - 1947年5月2日
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伊藤 文吉(いとう ぶんきち、1885年明治18年)12月15日[1] - 1951年昭和26年)11月25日[1])は、日本の実業家華族貴族院男爵議員

来歴・人物

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初代内閣総理大臣伊藤博文の実子。伊藤家に行儀見習いに来ていた多摩出身の女性との間にできた婚外子で、当初は、博文の後妻の兄である木田幾三郎の長男として育てられたが、後に戸籍上伊藤の養子となる[2]旧制山口県立豊浦中学校(第1期)、山口高等学校卒業。1908年(明治41年)東京帝国大学法科大学法律科を卒業し、農商務省の商工局に勤務、文官高等試験を経て翌年山林事務官兼農商務書記官となり、1910年(明治43年)休職し、渡英[3]農商務省参事官[4]、同山林局書記官、外務書記官[4]内閣総理大臣秘書官[4]軍需省顧問、鮎川義介が創立した日本産業(日産)取締役、日本鉱業社長などを務めた。

1906年(明治39年)に分家し[1]、父・博文の勲功により1909年(明治42年)11月1日に男爵を叙爵[1][5]1922年(大正11年)3月18日、貴族院議員補欠選挙で男爵議員に当選し[4][6][7]公正会に所属し1947年(昭和22年)5月2日の貴族院廃止まで在任した[4]

1953年(昭和28年)に、日産火災(現損害保険ジャパン)が文吉の芝公園3丁目の邸宅を譲り受け、文吉の雅号「春光」から「春光会館」と名付け、増改築して会社の迎賓館として使用している[8]。また、同社をふくめ、日本鉱業→現・ENEOSホールディングス日立製作所日産自動車など日産コンツェルンの流れを汲む多くの企業131社によって春光懇話会が結成されている。

栄典

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逸話

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安俊生(左端)と面会する伊藤文吉(右手前)

昭和14年(1939年)10月16日、朝鮮ホテルにて父の伊藤博文を暗殺した安重根の息子・安俊生と面会して「死んだ父の罪を私が贖罪して全力で報国の最善をつくしたい」と謝罪を受けた。

家族

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妻は桂太郎の五女・寿満子。

脚注

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  1. ^ a b c d 『平成新修旧華族家系大成 上巻』170頁。
  2. ^ a b 『「家系図」と「お屋敷」で読み解く歴代総理大臣 明治・大正篇』「伊藤博文」の章。
  3. ^ 伊藤文吉 (男性)『人事興信録』データペース、第4版 [大正4(1915)年1月]
  4. ^ a b c d e 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』63頁。
  5. ^ 『官報』第7909号、明治42年11月2日。
  6. ^ 『貴族院要覧(丙)』昭和21年12月増訂、30頁。
  7. ^ 『官報』第2887号、大正11年3月20日。
  8. ^ 春光会館の由来春光懇話会事務局
  9. ^ a b c d e 平成新修旧華族家系大成上p170
  10. ^ 人事興信録33版
  11. ^ a b c d e 伊藤文吉 『人事興信録』データペース、第8版 [昭和3(1928)年7月]
  12. ^ 佐多愛彦 『人事興信録』データペース、第8版 [昭和3(1928)年7月]
  13. ^ a b c d e 人事興信録第15版イ73
  14. ^ https://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000088520
  15. ^ 伊藤博邦 『人事興信録』データペース、第8版 [昭和3(1928)年7月]

参考文献

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  • 高梨光司『佐多愛彥先生傳』佐多愛彦先生古稀寿祝賀記念事業会、1940年。
  • 『貴族院要覧(丙)』昭和21年12月増訂、貴族院事務局、1947年。
  • 豊浦高等学校沿革史編纂委員会編『豊浦高等学校沿革史』豊浦高等学校、1964年。
  • 霞会館華族家系大成編輯委員会編『平成新修旧華族家系大成 上巻』吉川弘文館、1996年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 竹内正浩『「家系図」と「お屋敷」で読み解く歴代総理大臣 明治・大正篇』実業之日本社、2017年。


日本の爵位
先代
叙爵
男爵
伊藤(博文)家(分家)初代
1909年 - 1947年
次代
華族制度廃止