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伊藤徳三

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

伊藤 徳三(いとう とくぞう、1853年嘉永6年6月[1]) - 1921年大正10年)4月26日[1])は、日本の弁護士政治家衆議院議員(1期)。

経歴

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大阪府出身[1]漢学を学ぶ。司法省出仕を経て、代言人となり、大阪弁護士会長、大阪市会議員、大阪府会議員、大阪築港委員、所得税調査委員、破産管財人、第五回内国勧業博覧会評議員となる[1]

1898年8月の第6回衆議院議員総選挙において大阪2区から憲政党公認で立候補して当選する[2]。衆議院議員を1期務め、1902年第7回衆議院議員総選挙では大阪市から出馬したが31票差の次点で落選[3]。1921年に死去した。

脚注

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  1. ^ a b c d 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』46頁。
  2. ^ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』32頁。
  3. ^ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』37頁。

参考文献

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  • 日本国政調査会編『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』国政出版室、1977年。
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。