中村国香
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中村 国香(なかむら くにか[1]/こっこう[2]、宝永6年12月9日(1710年1月8日) - 明和6年3月13日(1769年4月19日)[1])は、江戸時代中期の儒者。地誌『房総志料』の編纂で知られる。
国香は号[2]で、名は貞治[1]・定治[1]。字は子蘭[1][2]。通称は善右衛門[1][2]・勝治郎[1](勝治郎は幼名とも[2])。別号に蕙洲[1]。
上総国夷隅郡長者町(現在の千葉県いすみ市岬町長者)生まれ[2]。幼少より学問を好み、同地出身の儒者・宇佐美灊水の門弟となった[2]。成人後は近隣の若者の教育にあたった[2]。
『房総志料』(全5巻)は、彼が房総各地を訪ねて記した紀行文で[3]、史跡や寺社を詳述し、またさまざまな伝承を採録しており、地誌として重要である[2]。
いすみ市岬町長者の地蔵堂境内に墓があり[2]、いすみ市指定文化財となっている[2]。