中山佐市
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中山 佐七(なかやま さしち、1864年10月17日(元治元年9月17日)[1] - 1943年(昭和18年)12月10日[2])は、日本の政治家。衆議院議員(1期)。
経歴
[編集]千葉県出身[3]。1890年、東京法学院卒。大蔵省御用掛、逓信属兼鉄道会議書記、東京府農工銀行支配役、同頭取、全国農工銀行同盟会長、北海道採炭、玉川水道各(株)社長、横浜電気鉄道、東京薬品、横浜土地、金包里炭鉱各(株)監査役、横浜取引所理事、台湾炭鉱(株)取締役となる[3]。
1920年の第14回衆議院議員総選挙において千葉1区から立憲政友会公認で立候補して当選する[4]。衆議院議員を1期務め、1924年の第15回衆議院議員総選挙には立候補しなかった。1943年死去。墓所は多磨霊園[5]
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 日本国政調査会編『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』国政出版室、1977年。
- 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。