中右次泰
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獲得メダル | ||
---|---|---|
日本 | ||
柔道 | ||
アジア選手権 | ||
金 | 1984 クウェートシティ | 71kg級 |
世界学生 | ||
金 | 1980 ヴロツワフ | 71kg級 |
中右 次泰(なかう つぎひろ)は、日本の柔道家。階級は71kg級[1]。
経歴
[編集]天理大学2年の時に新人体重別71kg級で3位となった[2]。4年の時には講道館杯で3位になった[3]。優勝大会では3位だったが優秀選手に選ばれた[4]。体重別では3位だったものの、全日本学生選手権で優勝すると、ポーランドのヴロツワフで開催された世界学生では優勝を成し遂げた[1][5]。
1981年には滋賀県教育委員会の所属となると、講道館杯で3位になった[3]。1982年には天理大学の職員として体重別で3位になった[5]。1983年の講道館杯と体重別ではともに3位だった[5][3]。1984年にはアジア選手権で優勝した[1]。体重別では決勝まで進むも、国士舘大学教員の西田孝宏に敗れた[5]。1985年には滝川高校の教員となると、体重別では決勝で再び西田に敗れて2位だった[5]。
引退後は全国高体連柔道専門部副部長となった[6]。また、2013年には全日本柔道連盟の理事に就任した[7]。
戦績
[編集]- 1978年 - 新人体重別 3位
- 1980年 - 講道館杯 3位
- 1980年 - 優勝大会 3位
- 1980年 - 全日本学生選手権 優勝
- 1980年 - 体重別 3位
- 1980年 - 世界学生 個人戦 優勝
- 1981年 - 講道館杯 3位
- 1982年 - 体重別 3位
- 1983年 - 講道館杯 3位
- 1983年 - 体重別 3位
- 1984年 - アジア選手権 優勝
- 1984年 - 体重別 2位
- 1985年 - 体重別 2位
(出典[1]、JudoInside.com)。
脚注
[編集]- ^ a b c d 「激動の昭和スポーツ史⑯ 柔道 青葉号」 ベースボールマガジン社、1989年発行 93-105頁
- ^ 全日本ジュニア柔道体重別選手権大会
- ^ a b c 講道館杯全日本柔道体重別選手権大会
- ^ 全日本学生柔道優勝大会
- ^ a b c d e 全日本選抜柔道体重別選手権大会
- ^ フランス遠征 - 全国高等学校体育連盟柔道専門部
- ^ 新理事と新監事
外部リンク
[編集]- 中右次泰 - JudoInside.com のプロフィール