中井亮作
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中井 亮作(なかい りょうさく、1885年3月10日[1] - 1951年8月6日[2])は、日本の政治家。衆議院議員(1期)。
経歴
[編集]熊本県出身[2]。1911年東京帝国大学造船科卒[2]。鉄道管理局技手、逓信局技師、手野村議、天草郡農会長、熊本県購買販売組合、同信用組合各連合会長、同森林組合連合会理事、産業組合中央金庫評議員、所得税調査委員、人事調停委員、借地借家調停委員、北天草電気(株)監査役、熊本県木材(株)取締役となる[2]。
1942年の第21回衆議院議員総選挙では熊本2区(当時)から翼賛政治体制協議会の推薦を受けて当選する[3]。戦後は日本自由党に入ったが[4]、推薦議員のため公職追放となった[5]。1951年追放解除[6]。追放解除から間もなく死去した。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 日本国政調査会編『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』国政出版室、1977年。
- 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
- 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 院内会派編衆議院の部』大蔵省印刷局、1990年。