下奈良城
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下奈良城 (愛知県) | |
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城郭構造 | 平城 |
天守構造 | なし |
築城主 | 豊臣秀吉 |
築城年 | 天正12年(1584年) |
主な城主 | 豊臣秀吉 |
廃城年 | 天正14年(1586年) |
遺構 | 石垣、堀跡、石碑、説明板 |
指定文化財 | 史跡等未指定[1] |
埋蔵文化財 包蔵地番号 | 県遺跡番号02Y017[2] |
再建造物 | なし |
位置 | 北緯35度19分21.6秒 東経136度50分55.7秒 / 北緯35.322667度 東経136.848806度 |
地図 |
下奈良城(しもならじょう)は、愛知県一宮市春明南本郷1丁目にあった日本の城(平城)。
概要
[編集]天正12年(1584年)小牧・長久手の戦いの際に秀吉が犬山城から楽田城へ本陣を移した際に最右翼として、織田・家康連合軍に対抗するために一時的に築かれた砦。
歴史
[編集]豊臣秀吉が天正12年(1584年)に築城した。小牧・長久手の戦いの講和が成立した後に城の諸道具は河田城に移し、兵糧や薪などを長島城に移された。その後破却され廃城となった。
宝暦年間(1751年-1763年)にこの城の堀を埋め立て民家等にしたと『神社仏閣参詣記』に記されている。
現在は畑や宅地になっている。石垣が残っており、近くに石碑と説明板がある。
ギャラリー
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堀跡
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石垣の一部
脚注
[編集]- ^ 「一宮市内の文化財」一宮市公式HP
- ^ 「愛知県文化財マップ(埋蔵文化財・記念物)」(マップあいち)愛知県公式HP