三亜運動
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三亜運動(さんあうんどう)または3A運動は、第二次世界大戦(太平洋戦争)中の日本占領時期のインドネシアにおけるプロパガンダ運動。 1942年4月から9月にかけて実施された[1]。
三亜運動は、日本を「アジアの光の日本」、「アジアの保護者」、「アジアのリーダー」であると宣言するスローガンで知られる[2]。
概要
[編集]この運動は、インドネシア(当時はオランダ領東インド、「蘭印」)を占領統治した第16軍の宣伝班によって実施された[1]。大東亜共栄圏建設の理念を周知する狙いがあったが、企図は達成できず、半年後に取りやめとなった[1]。
スローガン
[編集]- 日本語
- 亜細亜の光 日本(あじあのひかり にっぽん)
- 亜細亜の母体 日本(あじあのぼたい にっぽん)
- 亜細亜の指導者 日本(あじあのしどうしゃ にっぽん)
- インドネシア語
- Nippon tjahaja Asia[3](日本はアジアの光)
- Nippon pelindoeng Asia[4](日本はアジアの守り)
- Nippon pemimpin Asia(日本はアジアの盟主)
脚注
[編集]- ^ a b c 姫元由美子・上田信「日本占領下インドネシアで語られた『大東亜共栄圏文化』の理念 — 日刊紙『アシア・ラヤ』上の日本徴用文化人と現地作家の論説を中心に — (PDF) 」立教大学アジア地域研究所(公開シンポジウム「日本占領下の南洋」2014年11月16日の速記録。該当記述はp.148)
- ^ Sluimers, László (1996). “The Japanese Military and Indonesian Independence”. Journal of Southeast Asian Studies 1: 28.
- ^ 現代インドネシア語の表記では"tjahaja"は"Cahaya"になる。
- ^ 現代インドネシア語の表記では"pelindoeng"は"Pelindung"になる。
関連項目
[編集]- 町田敬二 - 第16軍で宣伝工作を指揮した陸軍中佐