ワレリー・ポドルジニー
獲得メダル | ||
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ソビエト連邦 | ||
陸上競技 | ||
オリンピック | ||
銅 | 1980 モスクワ | 男子 走幅跳 |
ヨーロッパ陸上選手権 | ||
金 | 1974 ローマ | 男子 走幅跳 |
ワレリー・ポドルジニー(ロシア語: Валерий Подлужный、1952年8月22日 - 2021年10月4日)[1])は、ソビエト連邦の男子陸上競技選手。1980年モスクワオリンピックの銅メダリストである。ウクライナ共和国ドネツク出身。
経歴
[編集]ポドルジニーは、1970年代を代表するソ連のロングジャンパー。1970年に開催されたヨーロッパジュニア選手権では、走幅跳と三段跳の2種目を制覇。19歳の誕生日の直前に出場した1971年のヨーロッパ選手権の走幅跳では7m68で10位。20歳で初出場した1972年ミュンヘンオリンピックでは予選を7m91で通過したものの、決勝では7m72で9位に終わった。翌1973年のユニバーシアードでは、8m15の好記録で優勝している。
1974年のヨーロッパ選手権では、8m12で、ユーゴスラビアのネナド・ステキッチに7cmの差をつけ金メダルを獲得した。ポドルジニーの記録は追風参考であったが、セカンドベストは公認記録の8m10であり、文句のない優勝であった。ポドルジニーは、1973年、1974年の年間世界ランク1位となっている。
2大会連続のオリンピックとなる1976年モントリオールオリンピックでは、予選を7m90で4番目の記録で通過するも、決勝は、他の選手が1回目から8mを超えるジャンプを連発させる中、ポドルジニーは2回目の7m88がベスト記録に終わり、7位に終わった。2年後の1978年のヨーロッパ選手権は7m89で6位に終わるが、1979年のユニバーシアードでは8m16で2度目の優勝を飾る。
3大会連続のオリンピックとなった1980年モスクワオリンピックは、アメリカをはじめ西側の強豪国のいくつかが欠場する中、ポドルジニーは、決勝の4回目に8m18の自己ベストの跳躍を見せ、東ドイツのルッツ・ドンブロウスキー、フランク・パシェクに次いで銅メダルを手にした。
主な実績
[編集]年 | 大会 | 場所 | 種目 | 結果 | 記録 |
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1972 | オリンピック | ミュンヘン(西ドイツ) | 走幅跳 | 9位 | 7m72 |
1973 | ユニバーシアード | モスクワ(ソビエト連邦) | 走幅跳 | 1位 | 8m15 |
1974 | ヨーロッパ陸上選手権 | ローマ(イタリア) | 走幅跳 | 1位 | 8m12 |
1976 | ヨーロッパ室内陸上選手権 | ミュンヘン(西ドイツ) | 走幅跳 | 2位 | 7m79 |
1976 | オリンピック | モントリオール(カナダ) | 走幅跳 | 7位 | 7m88 |
1978 | ヨーロッパ陸上選手権 | プラハ(チェコスロバキア) | 走幅跳 | 6位 | 7m89 |
1979 | ヨーロッパ室内陸上選手権 | ウィーン(オーストリア) | 走幅跳 | 2位 | 7m86 |
1979 | ユニバーシアード | メキシコシティ(メキシコ) | 走幅跳 | 1位 | 8m16 |
1980 | オリンピック | モスクワ(ソビエト連邦) | 走幅跳 | 3位 | 8m18 |
脚注
[編集]- ^ “Трагедія в українському спорті. Помер бронзовий призер Олімпіади” (ウクライナ語). segodnya.ua. (2021年10月5日) 2021年10月11日閲覧。
外部リンク
[編集]- ワレリー・ポドルジニー - Olympedia