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ロスコモン伯爵

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ロスコモン伯爵(ロスコモンはくしゃく、: Earl of Roscommon)は、アイルランド貴族の爵位。1622年に創設され、1850年に廃絶した。1746年、1816年に休止状態になり、それぞれ1799年、1828年に復活した。

歴史

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裁判官ルーカス・ディロン英語版(1529/1530–1593)の息子ジェームズ・ディロン英語版(c.1570–1642)は兵士になり、1600年11月17日に騎士爵に叙されたのち、1620年1月24日にアイルランド貴族であるキルケニー=ウェストのディロン男爵Lord Dillon, Baron of Kilkenny-West)に、1622年8月5日にロスコモン伯爵に叙された[1]。2代伯爵ロバート・ディロン英語版(bef.1590–1642)アイルランド庶民院議員、アイルランド枢密院の枢密顧問官、ロード・ジャスティス英語版を務めた政治家だった[2]。3代伯爵ジェームズ・ディロン英語版(c.1605–1649)は1640年2月26日に騎士爵に叙されたほか、アイルランド庶民院議員、アイルランド貴族院議員を務めた[3]

4代伯爵ウェントワース・ディロン英語版(c.1637–1685)はアイルランド貴族院議員、アイルランド枢密院の枢密顧問官、恩給紳士隊隊長を務めた政治家・詩人であり、ジョセフ・アディソン(1672–1719)アレキサンダー・ポープ(1688–1744)といった1世代後の文人に賞賛された[4]。5代伯爵ケアリー・ディロン英語版(1627–1689)はアイルランド庶民院議員、アイルランド枢密院の枢密顧問官、アイルランド造幣局長官を務めた[5]

8代伯爵ジェームズ・ディロン(1702–1746)が死去すると、2代伯爵の男系子孫が断絶し、爵位は休止状態になり、ジョン・ロッジによる『アイルランド貴族名鑑』で「継承権を主張できる最後の人物は1776年に貧困の中で死去した」と記された[6]。しかし実際には初代伯爵の次男ルーカス・ディロンの男系子孫が存命であり、ルーカスの曽孫ジョン・ディロン(c.1720–1782)の死後は初代伯爵の七男パトリック・ディロンの曽孫ロバート・ディロン(?–1802)が1785年8月25日に爵位継承を主張して請願を出した[7]。ロバート・ディロンと初代伯爵の血縁関係が証明されたが、ジョン・ディロンの嫡子を名乗るパトリック・ディロン(1769–1816)がロバート・ディロンの爵位継承に反対した結果、パトリックの主張が1793年2月20日に認められ、ロバートは爵位を継承できなかった[8]。パトリックは改めて爵位継承を主張して1797年に請願を出し、ロバートも再調査を求めて1798年に請願を出したが、結局1799年5月30日にパトリックによる爵位継承がアイルランド貴族院に認められ、ロバートは1802年9月に生涯未婚のまま死去した[7]。パトリックは男子をもうけず、1816年に死去するとルーカス・ディロンの男系子孫も断絶してしまい、ロスコモン伯爵位は再び休止になった[7]

1823年にフランシス・スティーブン・ディロン(?–1840)が爵位継承を主張して請願を出し、請願は連合王国貴族院で審議された[7]。フランシスはローレンス・ディロンの曽孫であり、ローレンスが初代伯爵の三男トマス・ディロンの息子であると主張したが、初代伯爵の七男パトリック・ディロンの来孫マイケル・ジェームズ・ロバート・ディロン英語版(1798–1850)(1802年に死去したロバート・ディロンの叔父マイケル・ディロンの曽孫)も請願を出し、貴族院は1828年6月19日にマイケルの主張を認めた[9]。しかしその間にロスコモン伯爵位が廃絶したものとして扱われ、1825年にブルームフィールド男爵の創設に必要なアイルランド貴族爵位の廃絶3件のうちの1件として数えられたため、1831年の次の創設では廃絶が4件必要となった[7]

12代伯爵マイケルの息子が夭折したため、1850年にマイケルが死去すると、爵位は休止、ないし廃絶したものとして扱われ、1852年のクラーモント男爵創設で廃絶した爵位の1つとして数えられた[10]

ロスコモン伯爵(1622年)

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出典

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  1. ^ Cokayne & White 1949, pp. 124–125.
  2. ^ Cokayne & White 1949, p. 125.
  3. ^ Cokayne & White 1949, p. 126.
  4. ^ Cokayne & White 1949, p. 127.
  5. ^ Cokayne & White 1949, p. 128.
  6. ^ Cokayne & White 1949, pp. 129–130.
  7. ^ a b c d e Cokayne & White 1949, p. 131.
  8. ^ Cokayne & White 1949, pp. 130–131.
  9. ^ Cokayne & White 1949, pp. 130–132.
  10. ^ Cokayne & White 1949, p. 132.

参考文献

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  • Cokayne, George Edward; White, Geoffrey H., eds. (1949). The Complete Peerage, or a history of the House of Lords and all its members from the earliest times (Rickerton to Sisonby) (英語). Vol. 11 (2nd ed.). London: The St Catherine Press. pp. 124–132.

関連項目

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