ルーシー・リー=ロビンス
表示
ルーシー・リー=ロビンス Lucy Lee-Robbins | |
---|---|
カロリュス=デュランによる肖像画 | |
生誕 |
1865年6月24日 USA, ニューヨーク |
死没 |
1943年7月28日 フランス,パリ |
ルーシー・リー=ロビンス(Lucy Lee-Robbins、1865年6月24日[1] - 1943年7月28日)はニューヨーク生まれの画家である。1880年代に家族とフランスに移り、フランスで教育を受け、活動した。女性がそれまで、あまり描かなかった女性のヌードを描いたことでも知られている[2] 。
略歴
[編集]ニューヨークの裕福な家に生まれた[3]。1880年代に家族とパリに移り、1884年からカロリュス=デュランのスタジオで絵を学んだ。その年カロリュス=デュランの肖像画のモデルになった。1887年からフランス芸術家協会の展覧会に出展した[4] 。1889年からフランス国民美術協会の展覧会に出展し、1890年に国民美術協会の最初の女性会員に選ばれた[1]。アメリカのナショナル・アカデミー・オブ・デザインやペンシルベニア美術アカデミー、シカゴ美術協会の展覧会にも出展し、パリの女性画家・彫刻家連盟(Union des femmes peintres et sculpteurs)にも出展した[1]。1891年に政府に作品が買い上げられ、ノール県カンブレーの美術館に展示されたが、カンブレーの美術館は第一次世界大戦で大きな被害を受け作品は失われた。1893年のシカゴ万国博覧会にも出展した。
1893年にオランダ出身の裕福な境遇の画家、ファン・リンクイゼン(Hendrik-George van Rinkhuyzen:1868-1922)と結婚した[1][5]。
主に人物画、ギリシャ神話やローマ神話の女性像を描き、これまであまり女性画家が描かなかった女性のヌードも描いた。1943年にパリで死去した。
作品
[編集]-
鏡の前の若い女性 (1891)
-
黒い帽子をかぶった女性 (1890)
-
ヌード
脚注
[編集]- ^ a b c d Fortune, Brandon Brame (April 1998). “"Not above Reproach": The Career of Lucy Lee-Robbins”. American Art 12 (1): 41–65 .
- ^ “Baring Themselves: Representations of the Female Nude by American Women Artists, 1881-1930”. American University Digital Research Archive. American University. 17 September 2018閲覧。
- ^ “Lee Robbins, Lucy” (英語). Oxford index. Oxford University Press (31 October 2011). 17 September 2018閲覧。
- ^ “Portrait of Lucy Lee-Robbins, 1884”. The Chrysler Collection. 17 September 2018閲覧。
- ^ “Women's Art at the World's Columbian Fair & Exposition, Chicago 1893”. 17 September 2018閲覧。
参考文献
[編集]- Laurence Bertrand Dorléac, Le Commerce de l'art: de la Renaissance à nos jours, Éditions La Manufacture, 1992.