ルチアーノ・ミーロ
| ||||||||||||||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
生誕 |
1980年4月29日(44歳) ローマ | |||||||||||||||||||||||
身長 | 174 cm | |||||||||||||||||||||||
選手情報 | ||||||||||||||||||||||||
代表国 | イタリア | |||||||||||||||||||||||
|
ルチアーノ・ミーロ(Luciano Milo、1980年4月29日 - )は、イタリア・ローマ出身の男子フィギュアスケート・アイスダンス選手。
1998年、1999年世界ジュニア選手権2位。パートナーはフェデリカ・ファイエラとグロリア・アゴリアーティ。
経歴
[編集]ローマに生まれ、6歳のころにスケートをはじめた。やがてフェデリカ・ファイエラとカップルを結成し、1996-1997年シーズンの世界ジュニア選手権に初出場し7位となる。翌1997-1998年シーズンには創設されたばかりのISUジュニアグランプリに参戦し、JGPファイナルで優勝。初代アイスダンスチャンピオンとなった。また世界ジュニア選手権でも2位となる。1998-1999年シーズン、再びISUジュニアグランプリに出場。2連覇を目指したJGPファイナルでは2位、世界ジュニア選手権でも再び2位に終わった。
1999-2000年シーズンからシニアクラスに完全転向し、フィンランディア杯で2位。ISUグランプリシリーズにも出場を果たしネイションズ杯では5位となった。また、イタリア選手権で2位となり、2000年欧州選手権および2000年世界選手権の代表に選出された。しかし、2000年欧州選手権では11位に終わり、2000年世界選手権ではオリジナルダンスを終えて途中棄権。このシーズンをもってフェデリカ・ファイエラとのカップルを解消し、新たにグロリア・アゴリアーティとカップルを結成した。
2000-2001年シーズン、グロリア・アゴリアーティと臨んだエリック・ボンパール杯およびネイションズ杯であったが、ともに10位と奮わず、2001年欧州選手権は15位、2001年世界選手権21位に終わった。このシーズンをもってカップルは解散した。
主な戦績
[編集]- 1999-00までフェデリカ・ファイエラとのカップル。
- 2000-01のみグロリア・アゴリアーティとのカップル。
大会/年 | 1996-97 | 1997-98 | 1998-99 | 1999-00 | 2000-01 |
---|---|---|---|---|---|
世界選手権 | 棄権 | 21 | |||
欧州選手権 | 11 | 15 | |||
イタリア選手権 | 2 J | 1 J | 1 J | 2 | 3 |
GPエリック杯 | 10 | ||||
GPネイションズ杯 | 5 | 10 | |||
フィンランディア杯 | 2 | ||||
世界Jr.選手権 | 7 | 2 | 2 | ||
JGPファイナル | 1 | 2 | |||
JGPメキシコ杯 | 1 | ||||
JGPブラオエン・シュベルター杯 | 2 | 2 | |||
JGPソフィア杯 | 1 |
- J = ジュニアクラス