ルイサ・フェルナンダ・ルディ・ウベダ
ルイサ・フェルナンダ・ルディ・ウベダ Luisa Fernanda Rudi Úbeda | |
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生年月日 | 1950年12月13日(74歳) |
出生地 | スペイン・セビリア県セビリア |
出身校 | サラゴサ大学 |
前職 | 会計士 |
所属政党 |
国民同盟(AP) 国民党(PP) |
宗教 | ローマ・カトリック |
サラゴサ市長 | |
在任期間 | 1995年6月17日 - 2000年4月8日 |
スペイン下院 議長 | |
在任期間 | 2002年7月10日 - 2004年4月18日 |
在任期間 | 2004年7月20日 - 2008年3月31日 |
アラゴン州首相 | |
在任期間 | 2011年7月13日 - 2015年7月3日 |
ルイサ・フェルナンダ・ルディ・ウベダ(スペイン語: Luisa Fernanda Rudi Úbeda、1950年12月13日 - )は、スペイン・セビリア県セビリア出身の政治家。サラゴサ大学卒業。国民党(PP)所属。女性初のサラゴサ市長、女性初のスペイン下院議長、欧州議会議員、女性初のアラゴン州首相などを歴任した。
経歴
[編集]アンダルシア地方のセビリア県セビリア出身。父親はナバーラ地方にルーツを持つアラゴン地方出身者であり、軍人としてセビリアに駐屯していた際にルイサ・フェルナンダが生まれた。一家はアフリカ大陸にあるスペイン領サハラ(現・西サハラ)のアイウンにも3年間住んでおり、その後アラゴン地方のサラゴサに引っ越した。ここでサラゴサ大学を卒業している。サラゴサ商業学校でも学び、1979年には会計士となった。
1982年には国民同盟(AP)から1982年スペイン議会総選挙に出馬したが落選した。1986年には1986年スペイン議会総選挙に出馬して当選し、サラゴサ県選挙区選出のスペイン下院議員となった。1989年には国民同盟が国民党(PP)となり、1989年スペイン議会総選挙では2選を、1993年スペイン議会総選挙では3選を果たした。
1995年にはサラゴサ市議会議員選挙に国民党の筆頭候補(市長候補)として出馬し、女性初のサラゴサ市長に就任した。1999年のサラゴサ市議会議員選挙にも国民党の筆頭候補として臨み、サラゴサ市長としての2期目を歩み始めたが、2000年には任期途中でサラゴサ市長を退任し、2000年スペイン議会総選挙に出馬して再び下院議員となった。2000年4月5日には女性初のスペイン下院議長に就任し、2004年4月18日まで下院議長を務めた。
2004年には2004年欧州議会議員選挙に出馬して当選し、2008年3月31日まで欧州議会議員を務めた。欧州議会産業研究エネルギー委員会の委員を務め、またEU=メキシコ合同議会委員会の代表団の委員を務めた。2008年には2008年スペイン議会総選挙に出馬し、みたび下院議員となった。
2011年にはアラゴン州議会議員選挙に筆頭候補(州首相候補)として出馬して当選した[1]。州首相指名投票では国民党のほかにアラゴン人党(PAR)からの支持も得て、7月13日には女性初のアラゴン州首相に就任した。2015年7月3日にアラゴン州首相を退任した。
脚注
[編集]- ^ “El 11 Congreso del PP de Aragón elige a Luisa Fernanda Rudi como nueva presidenta con el 84,4% de los votos” (2008年11月8日). 2015年7月29日閲覧。
- ^ “Iglesias y Rudi ya son senadores” (2015年7月29日). 2015年7月29日閲覧。
外部リンク
[編集]- ルイサ・フェルナンダ・ルディ・ウベダのプロフィール - 欧州議会議員データベース
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