ランチア・LC1
カテゴリー | 二座席レーシングカー |
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コンストラクター | ランチア |
デザイナー | ジャン・パオロ・ダラーラ |
後継 | ランチア・LC2 |
主要諸元 | |
エンジン | 直列4気筒 1.4リットル ターボチャージャー |
主要成績 | |
コンストラクターズタイトル | 0 |
ドライバーズタイトル | 0 |
ランチア・LC1は、ランチアが1982年世界耐久選手権参戦用に製作した二座席レーシングカーである。
概要
[編集]1982年より国際スポーツ法典付則J項の全面改編に伴い、世界耐久選手権は新規定のカテゴリーIIグループC (スポーツカー) で争われることになったが、国際自動車連盟(FIA)は移行措置としてこの年に限り改編前の特殊プロダクションカー (旧A部門第5グループ) と、エンジン排気量を2リットル以下に制限した同二座席レーシングカー (旧B部門第6グループ) の参戦も認めた[注釈 1]。ここに着目したランチアは、燃料総量規定のあるグループCでなく、旧二座席レーシングカーで参戦を企図し、この年限りのマシンLC1を投入した。
エンジンはランチア・ベータ・モンテカルロ用[1]の1.4リットル[1]直列4気筒[1]エンジンにターボを装着、当時のFIAのターボ係数1.4により2.0リットル扱いとなった。シャシはジャンパオロ・ダラーラ[1]が手がけたアルミニウム製[1]モノコック[1]であった。
リカルド・パトレーゼ[1]、ミケーレ・アルボレート[1]といった一流ドライバーを投入し、ポルシェワークスのポルシェ・956に対抗できるものと期待された[1]。
デビュー戦であるWEC開幕戦モンツァでポールポジション獲得。第2戦シルバーストンでは、このレースがデビュー戦となるポルシェ・956が燃費に悩まされるのを尻目に初優勝を飾り、結局この年はポールポジション2回、優勝3回という記録を残した。富士スピードウェイで開催されたWEC-JAPANにも来日し、2位に入賞しているが、ランチアワークスが来日したのはこれが最初で最後となった。富士のレースでは、日本勢が1975以前の古いマシンで出場する兼ね合いから~Gr.5/75クラスに編入された。
翌1983年からランチアワークスはグループCであるLC2を投入し、LC1は役目を終えた。
注釈
[編集]- ^ 但しメイクスポイントは獲得できなかった
出典
[編集]参考文献
[編集]- 『Racing On459号 特集 ポルシェ956』三栄書房 2012年7月15日発行 ISBN 978-4779615276
外部リンク
[編集]- World Sports Racing Prototypes - Lancia chassis index