ライサ・スメタニナ
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獲得メダル | ||
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ソビエト連邦 | ||
女子クロスカントリースキー | ||
オリンピック | ||
金 | 1976 インスブルック | 10km |
金 | 1976 インスブルック | 4×5kmリレー |
金 | 1980 レークプラシッド | 5km |
金 | 1992 アルベールビル | 4×5kmリレー |
銀 | 1976 インスブルック | 5km |
銀 | 1980 レークプラシッド | 4×5kmリレー |
銀 | 1984 サラエボ | 10km |
銀 | 1984 サラエボ | 20km |
銀 | 1988 カルガリー | 10km |
銅 | 1988 カルガリー | 20km |
ノルディックスキー世界選手権 | ||
金 | 1974 Falun | 4×5kmリレー |
金 | 1982 Oslo | 20km |
金 | 1985 Seefeld | 4×5kmリレー |
金 | 1991 Val di Fiemme | 4×5kmリレー |
銀 | 1978 Lahti | 10km |
銀 | 1978 Lahti | 20km |
銀 | 1982 Oslo | 4×5kmリレー |
銀 | 1989 Lahti | 4×5kmリレー |
銅 | 1974 Falun | 5km |
銅 | 1978 Lahti | 5km |
銅 | 1978 Lahti | 4×5kmリレー |
銅 | 1980 Falun | 20km |
ライサ・スメタニナ(Raisa Petrovna Smetanina、ロシア語: Раи́са Петро́вна Смета́нина、1952年2月29日 - )はソビエト連邦コミ共和国Mokhcha出身の元クロスカントリースキー選手。1970年代後半から1990年代初めにかけてソ連代表、ロシア代表として活躍した。
プロフィール
[編集]1974年ノルディックスキー世界選手権5kmで銅メダルを獲得。1976年のインスブルックオリンピックでは5km銀メダル、10kmとリレーでは金メダルを獲得した。以後1992年まで第一線で活躍し5度のオリンピックで10個のメダルを獲得、これは冬季オリンピックの女性選手では史上最多である。またノルディックスキー世界選手権は8度出場して金、銀、銅各4個ずつ計12個のメダルを獲得した。
40歳の誕生日を12日後に控えた1992年アルベールビルオリンピックのリレーで金メダルを獲得し女子距離競技史上最年長のメダリストとなった。このシーズン限りで現役を退いている。
ホルメンコーレンスキー大会では1975年に10kmと5km、1979年に5kmで優勝、1979年にはホルメンコーレン・メダルを受章(同時受章エリック・ホーカー、 インゲマル・ステンマルク)している。
クロスカントリースキー・ワールドカップでは1978-1979シーズンのテスト大会総合2位、1980-1981シーズンのテスト大会総合優勝、1983-1984シーズンに自己最高の総合2位となり、通算3勝(2位9回、3位4回)。またソビエト連邦選手権で計21個のタイトルを獲得した。
外部リンク
[編集]- ライサ・スメタニナ - 国際スキー連盟のプロフィール
- ライサ・スメタニナ - Olympedia
- ホルメンコーレン大会優勝者一覧(PDF)
- ホルメンコーレンメダル受賞者一覧(PDF)