ライアン・ボリンジャー
ハール・ディサイプルズ | |
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AA級トレントン時代 (2018年) | |
基本情報 | |
国籍 | アメリカ合衆国 |
出身地 | カリフォルニア州アップルバレー |
生年月日 | 1991年2月4日(33歳) |
身長 体重 |
196 cm 104 kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 左投左打 |
ポジション | 一塁手→投手 |
プロ入り | 2009年 MLBドラフト47巡目 |
初出場 | CPBL / 2019年6月8日 |
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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ライアン・マイケル・ボリンジャー(Ryan Michael Bollinger、1991年2月4日 - )は、アメリカ合衆国・カリフォルニア州アップルバレー出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。ドイツ・ブンデスリーガのハール・ディサイプルズ所属。
経歴
[編集]フィリーズ傘下時代
[編集]2009年のMLBドラフト47巡目(全体1427位)でフィラデルフィア・フィリーズから一塁手として指名され、入団。傘下ルーキー級ガルフ・コーストリーグ・フィリーズに配属された。この年は7試合に出場し打率.174の成績を残した。
米独立リーグ時代
[編集]2010年7月に米独立リーグのフロンティアリーグに加盟するウィンディシティ・サンダーボルツと契約を結び、この際に一塁手から投手に転向。同年は6試合に登板し、5.0回を投げて防御率0.00の成績を残した。
ホワイトソックス傘下時代
[編集]2010年10月7日にシカゴ・ホワイトソックスとマイナー契約を結んだ[1]。
ホワイトソックス傘下では2011年から3シーズンプレーし、最高で傘下A級カナポリス・インティミデイターズまで昇格した。
米独立リーグ時代
[編集]2014年は北米独立リーグであるアメリカン・アソシエーションのセントポール・セインツと契約を結び、7試合に登板して防御率9.00の成績を挙げた。シーズン途中に退団しカナディアン・アメリカン・リーグに加盟するトロワリヴィエール・エーグルスと契約。さらに8月15日にトレードでウィニペグ・ゴールドアイズに移籍した後、約1ヶ月後の9月23日に再びトレードされトロワリヴィエール・エーグルスに復帰した。最終的に同年シーズンは独立リーグ3球団を渡り歩く形となり、合計で24試合に登板し防御率6.48の成績を残した。
トロワリヴィエール・エーグルスでは2016年までプレーし、主に先発投手として起用された。
ドイツ球界時代
[編集]2017年2月1日、ドイツのブンデスリーガに加盟するハール・ディサイプルズと契約。同地では先発投手として10勝1敗、防御率0.76の好成績を残し、ブンデスリーガ南地区の最優秀投手に選ばれた。同年は106.0回を投げて178奪三振を記録し、ブンデスリーガにおける1シーズンの最多奪三振記録を更新した[2]。シーズン終了後にはオーストラリアン・ベースボールリーグに加盟するブリスベン・バンディッツと契約。同年のほか、2018年と2019年のシーズンオフも同チームでプレーした。
ヤンキース傘下時代
[編集]2017年12月16日にニューヨーク・ヤンキースとマイナー契約を結んだ[1]。
2018年は傘下AAA級スクラントン・ウィルクスバリ・レイルライダースで開幕を迎え、その後は傘下AA級トレントン・サンダーでプレーしていたが、5月23日にジオバニー・ガジェゴスに替わってAAA級を飛び越えメジャー初昇格を果たした[3]。しかしメジャーでの出場機会はなく、翌日にマイナー降格となった[1]。その後は7月31日にもメジャー昇格を果たしたが[1]、またしても翌日にマイナー降格となり[1]、9月1日にDFAとなった[1]。
パドレス傘下時代
[編集]2018年11月26日にサンディエゴ・パドレスとマイナー契約を結び[1]、2019年のスプリングトレーニングに招待選手として参加したが、開幕前の3月27日に自由契約となった[1]。
富邦時代
[編集]2019年6月5日、KBOリーグのSKワイバーンズへ移籍したヘンリー・ソーサの代替選手として、中華職業棒球大聯盟(CPBL)に加盟する富邦ガーディアンズと契約した。富邦時代の登録名は包林傑。この年は19試合に登板して6勝5敗、防御率4.31を記録し、シーズン途中入団ながら127奪三振を記録した。
2020年も引き続き富邦と契約したが、この年は足の故障により登板機会がなく、8月6日に自由契約となった。
楽天モンキーズ時代
[編集]2020年12月15日、CPBLの楽天モンキーズと契約を結んだことが発表された。楽天での登録名は霸林爵。
2021年は19試合に先発登板して5勝7敗、防御率2.80を記録し、106.0回を投げて114奪三振を記録した。オフの12月28日に2022年シーズンも楽天と契約を結んだことが発表された。
2022年は23試合に登板して8勝6敗、防御率4.01の成績を残した。しかしシーズン中に負傷したため台湾シリーズでは登録メンバーから外れ、代わりに台湾シリーズ第2戦(楽天桃園野球場)では始球式を務めた。オフに楽天と契約を更新せず、退団した。
ドイツ球界時代
[編集]2024年2月にドイツ・ブンデスリーガのハール・ディサイプルズに7シーズンぶりに復帰した[4]。
詳細情報
[編集]年度別投手成績
[編集]記録
[編集]背番号
[編集]- 49(2019年 - 2020年)
- 27(2021年 - 2022年)
脚注
[編集]- ^ a b c d e f g h i j MLB公式プロフィール参照。2024年4月3日閲覧。
- ^ “BEST PITCHER SÜD 2017: RYAN BOLLINGER (MÜNCHEN-HAAR DISCIPLES)”. baseball-bundesliga.de (2017年10月31日). 2022年12月26日閲覧。
- ^ “Ryan Bollinger took long way to get to Yankees”. MLB.com (2018年5月24日). 2022年12月26日閲覧。
- ^ Patrik Stäbler (2024年2月24日). “Ryan Bollinger ist zurück bei den Disciples” (ドイツ語). merkur.de. 2024年4月3日閲覧。
外部リンク
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