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ライアン・ボリンジャー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ライアン・ボリンジャー
Ryan Bollinger
ハール・ディサイプルズ
AA級トレントン時代
(2018年)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州アップルバレー
生年月日 (1991-02-04) 1991年2月4日(33歳)
身長
体重
196 cm
104 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 一塁手投手
プロ入り 2009年 MLBドラフト47巡目
初出場 CPBL / 2019年6月8日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ライアン・マイケル・ボリンジャー(Ryan Michael Bollinger、1991年2月4日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州アップルバレー出身のプロ野球選手投手)。左投左打。ドイツブンデスリーガハール・ディサイプルズ英語版所属。

経歴

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フィリーズ傘下時代

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2009年MLBドラフト47巡目(全体1427位)でフィラデルフィア・フィリーズから一塁手として指名され、入団。傘下ルーキー級ガルフ・コーストリーグ・フィリーズに配属された。この年は7試合に出場し打率.174の成績を残した。

2010年6月15日にフィリーズから放出された[1]

米独立リーグ時代

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2010年7月に米独立リーグのフロンティアリーグに加盟するウィンディシティ・サンダーボルツと契約を結び、この際に一塁手から投手に転向。同年は6試合に登板し、5.0回を投げて防御率0.00の成績を残した。

ホワイトソックス傘下時代

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2010年10月7日シカゴ・ホワイトソックスとマイナー契約を結んだ[1]

ホワイトソックス傘下では2011年から3シーズンプレーし、最高で傘下A級カナポリス・インティミデイターズ英語版まで昇格した。

2014年3月25日に自由契約となった[1]

米独立リーグ時代

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2014年は北米独立リーグであるアメリカン・アソシエーションセントポール・セインツと契約を結び、7試合に登板して防御率9.00の成績を挙げた。シーズン途中に退団しカナディアン・アメリカン・リーグに加盟するトロワリヴィエール・エーグルスと契約。さらに8月15日にトレードでウィニペグ・ゴールドアイズに移籍した後、約1ヶ月後の9月23日に再びトレードされトロワリヴィエール・エーグルスに復帰した。最終的に同年シーズンは独立リーグ3球団を渡り歩く形となり、合計で24試合に登板し防御率6.48の成績を残した。

トロワリヴィエール・エーグルスでは2016年までプレーし、主に先発投手として起用された。

ドイツ球界時代

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2017年2月1日ドイツブンデスリーガに加盟するハール・ディサイプルズ英語版と契約。同地では先発投手として10勝1敗、防御率0.76の好成績を残し、ブンデスリーガ南地区の最優秀投手に選ばれた。同年は106.0回を投げて178奪三振を記録し、ブンデスリーガにおける1シーズンの最多奪三振記録を更新した[2]。シーズン終了後にはオーストラリアン・ベースボールリーグに加盟するブリスベン・バンディッツと契約。同年のほか、2018年2019年のシーズンオフも同チームでプレーした。

ヤンキース傘下時代

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2017年12月16日ニューヨーク・ヤンキースとマイナー契約を結んだ[1]

2018年は傘下AAA級スクラントン・ウィルクスバリ・レイルライダースで開幕を迎え、その後は傘下AA級トレントン・サンダーでプレーしていたが、5月23日ジオバニー・ガジェゴスに替わってAAA級を飛び越えメジャー初昇格を果たした[3]。しかしメジャーでの出場機会はなく、翌日にマイナー降格となった[1]。その後は7月31日にもメジャー昇格を果たしたが[1]、またしても翌日にマイナー降格となり[1]9月1日DFAとなった[1]

パドレス傘下時代

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2018年11月26日サンディエゴ・パドレスとマイナー契約を結び[1]2019年スプリングトレーニングに招待選手として参加したが、開幕前の3月27日に自由契約となった[1]

富邦時代

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2019年6月5日KBOリーグSKワイバーンズへ移籍したヘンリー・ソーサの代替選手として、中華職業棒球大聯盟(CPBL)に加盟する富邦ガーディアンズと契約した。富邦時代の登録名は包林傑。この年は19試合に登板して6勝5敗、防御率4.31を記録し、シーズン途中入団ながら127奪三振を記録した。

2020年も引き続き富邦と契約したが、この年は足の故障により登板機会がなく、8月6日に自由契約となった。

楽天モンキーズ時代

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2020年12月15日、CPBLの楽天モンキーズと契約を結んだことが発表された。楽天での登録名は霸林爵

2021年は19試合に先発登板して5勝7敗、防御率2.80を記録し、106.0回を投げて114奪三振を記録した。オフの12月28日2022年シーズンも楽天と契約を結んだことが発表された。

2022年は23試合に登板して8勝6敗、防御率4.01の成績を残した。しかしシーズン中に負傷したため台湾シリーズでは登録メンバーから外れ、代わりに台湾シリーズ第2戦(楽天桃園野球場)では始球式を務めた。オフに楽天と契約を更新せず、退団した。

ドイツ球界時代

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2024年2月にドイツ・ブンデスリーガのハール・ディサイプルズに7シーズンぶりに復帰した[4]

詳細情報

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年度別投手成績

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記録

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背番号

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  • 49(2019年 - 2020年)
  • 27(2021年 - 2022年)

脚注

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  1. ^ a b c d e f g h i j MLB公式プロフィール参照。2024年4月3日閲覧。
  2. ^ BEST PITCHER SÜD 2017: RYAN BOLLINGER (MÜNCHEN-HAAR DISCIPLES)”. baseball-bundesliga.de (2017年10月31日). 2022年12月26日閲覧。
  3. ^ Ryan Bollinger took long way to get to Yankees”. MLB.com (2018年5月24日). 2022年12月26日閲覧。
  4. ^ Patrik Stäbler (2024年2月24日). “Ryan Bollinger ist zurück bei den Disciples” (ドイツ語). merkur.de. 2024年4月3日閲覧。

外部リンク

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