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ヤーコポ・ベッリーニ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ヤーコポ・ベッリーニ
Jacopo Bellini
ヤーコポ・ベッリーニ作「聖母子像」(1455)
生誕 1400年
ヴェネツィア共和国ヴェネツィア
死没 1470年
ヴェネツィア共和国、ヴェネツィア
運動・動向 ヴェネツィア派
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ヤーコポ・ベッリーニ[1](Jacopo Bellini、1400年頃 - 1470年頃)はルネサンス期の画家ヤコポ・ベリーニとも表記する。ヴェネツィアに工房を開き、息子のジェンティーレ・ベッリーニジョヴァンニ・ベッリーニとともに15世紀「ヴェネツィア派」の中核的な存在となった。

略歴

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ヴェネツィアの金属細工職人の息子に生まれた。国際ゴシック様式を代表する画家のジェンティーレ・ダ・ファブリアーノの弟子であったとされ、1411年からダ・ファブリアーノがフォリーニョのトリンチ宮殿で壁画を描いた時にすでに弟子になっていたともされる。1422年からフィレンツェで、ダ・ファブリアーノの弟子、助手として働いた。フィレンツェでは、フィリッポ・ブルネレスキドナテッロマソリーノの作品を見ることができ影響を受けたとされる。1424年にベッリーニはヴェネツィアに工房を開いた。

1436年にはヴェローナの聖堂に宗教画を描いたがこの作品は失われている。1440年代にはフェラーラエステ家のためにレオン・バッティスタ・アルベルティとともに働いた。

ヴェネツィアではサン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ同心会館(Scuola Grande di San Giovanni Evangelista)やサン・マルコ同心会館(Scuola Grande di San Marco)などの仕事もしたがその作品も失われている。

1452年にパドヴァで働いていたアンドレア・マンテーニャと知り合い、1453年にマンテーニャはベッリーニの娘ニッコローザと結婚した。

作品

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脚注

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  1. ^ 宮下規久朗『しぐさで読む美術史』筑摩書房、2015年、150頁。ISBN 978-4-480-43318-3 

参考文献

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  • Colin T. Eisler, The genius of Jacopo Bellini: the complete paintings and drawings, Londra 1989.
  • Pierluigi De Vecchi ed Elda Cerchiari, I tempi dell'arte, volume 2, Bompiani, Milano 1999. ISBN 88-451-7212-0
  • Jacopo Bellini, La Madonna Tadini. Studi e ricerche intorno a un restauro, a cura di M. Albertario, A. Mazzotta, Scalpendi editore, Milano, 2018