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モンブラン (1963年生の競走馬)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
モンブラン
欧字表記 Mont Blanc II
品種 サラブレッド
性別
毛色 白毛
生誕 1963年6月2日
死没 1981年4月23日
Murghab
Tharsine
母の父 Tharsis
生国 フランスの旗 フランス
生産者 Adolphe Besnard
生産牧場 ferme de La Barre
馬主 Sir Charles Clore
調教師 Walter Nightingall
競走成績
生涯成績 7戦2勝
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モンブランフランス語: Mont Blanc II1963年6月2日 - 1981年4月23日)は、白毛で知られるサラブレッド競走馬フランスサルト県で生産され、イギリスで短い競走生活を送った後、フランスに戻って種牡馬となった。

生涯

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モンブランは1963年6月2日[1]サルト県テイエ英語版のアドルフ・ベナール (Adolphe Besnard) が経営するドラバール牧場 (ferme de La Barre) で生まれた[2][3]。ベナールは産駒が真っ白であることを国立種馬飼育場[訳語疑問点] (Haras nationaux) へ知らせた[3]。誕生翌日には国立種馬飼育場の職員が訪れ[3]、毛色が白いことを確認している[2]。地元ではちょっとした騒ぎとなり、大勢の人が牧場に押しかけて仔馬を見物したり毛をむしったりし、見世物にするためにガラス張りの馬運車を作ろうという者まで現れた[4][2]。この白い牡馬は1964年8月22日カルヴァドス県ドーヴィルで売りに出され、ロンドンの実業家サー・チャールズ・クロア英語版[5]が27,000フラン[2](4,000ユーロ[4])で購入した。

モンブランは1966年リングフィールドパーク競馬場のレースで勝利して競走馬としてのキャリアを開始した[4]。同年4月27日に行われた第158回2000ギニーステークスではカシミール英語版の5着だった[6]。その後出走していたハンデキャップ競走で腱を故障して競走能力を失い、引退した[4]。ピエール・ド・ラ・グランディエール子爵 (vicomte Pierre de la Grandière) が購入し、インブリードによって白馬の品種を作出すべく、種牡馬としてエリザベート・クチュリエ (Elisabeth Couturié) へ預託された[7]

1981年[2]のおそらく4月23日にモンブランは死んだ[1]。18歳だった[8]。直前にクチュリエが死去し、放置されていたという[8]

サルト県ル・マンにあるユノディエール競馬場フランス語版では、本馬を記念したモンブラン賞 (Prix Mont Blanc) が行われている[5][9]

馬体

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モンブランの品種はサラブレッドであり、体高は1.58メートルあった[1]オメリックフランス語版によれば、l'administration des haras nationaux français[訳語疑問点] はモンブランを白毛と認めたことはない[4]。一方で、フランス馬術学院[訳語疑問点] (IFCE; Institut français du cheval et de l'équitation) のデータベースには「白毛」 « Blanc » と登録されている[1]。モンブランの肌は誕生時は全体がピンク色をしていたが[3]、晩年にはメラニンの小さい斑点で覆われるようになった[10]

子孫

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モンブランは青い目をした血統不詳のアラブ種の牝馬ファニー (Fanny) と交配し、青い目と白毛を持つ牝馬ブランシュネージュ (Blanche-Neige) が生まれた[7]。翌年同じ配合で白毛の牡馬グラシエ (Glacier) が生まれた[7]。ブランシュネージュが繁殖牝馬となると、再びモンブランと配合(戻し交配)されて白毛のホワイトグローリー (White Glory) が生まれた[7]オメリックによると後者は気性が極めて悪く、屠殺されたという[7]。白馬の品種を作ろうというこの試みは、クチュリエの死去によって打ち切られた。

モンブランの子孫は全体的に身体が弱かったといい、1974年のコンデ賞英語版 (G3) で3着に入るもパリ大賞典の前に故障したルパナシェブラン (Le Panache Blanc)[11]を除いて競走馬として成功した産駒はいない[8]

モンブランの血を引く重賞優勝馬として、1995年のウィットブレッドゴールドカップ (G3) で優勝したキャッシュフルール(Cache Fleur、母父がモンブラン、栗毛)[12]と2016年のクラシックチェイス英語版 (G3) を優勝したルースブラン(Russe Blanc、母母父がモンブラン、白毛)[13]がいる。特にルースブランはクラシックチェイスを制したときイギリスで現役の唯一の白毛馬であるといわれていた[14]

他にもモンブランから白毛を受け継いだ馬は残っており、父パスキンフルリ(Pasquin Fleuri、母父がモンブラン)で母がセルフランセのフリア (Furia V) という血統のアングロアラブ(アラブ血量16.02%)であるヴィコントデネージュ(Viconte Des Neiges、登録は駁鹿毛)[15]は種牡馬として供用されている[16][17]

血統表

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モンブランはダーレーアラビアンサイアーラインに属する[2]。父マーガブ (Murghab) と母ターシャイン (Tharsine) はともに鹿毛のサラブレッドであった[3]。父親のマーガブは1949年のイタリア共和国大統領賞勝ち馬[18]

Mont Blanc II血統 (血統表の出典)[§ 1]
父系 ゲインズバラ系

Murghab
1946
鹿毛
父の父
Arco
1939
Singapore英語版 Gainsborough
Tetrabbazia
Archidamia Manna英語版
Archippe
父の母
Musa
1934
Le Capucin英語版 Nimbus
Carmen
Muci Tetrameter
Pearl Maiden

Tharsine
1953
鹿毛
Tharsis
1944
Plassy Bosworth
Pladda
Terpsichore Massine
Impératrice
母の母
Niphobe
1941
Nino Clarissimus英語版
Azalée
Phobie Souviens-toi
Photime
母系(F-No.) 8号族(FN:8-c) [§ 2]
5代内の近親交配 Phalaris S5×M5, The Tetrarch S5×S5 [§ 3]
出典
  1. ^ IFCE[19], pedigreequery.com[20], SportsHorseData[21]
  2. ^ SportsHorseData[21]
  3. ^ SportsHorseData[21]


出典

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  1. ^ a b c d "Informations générales de MONT BLANC II - Info chevaux". infochevaux.ifce.fr (フランス語). 2019年6月24日閲覧
  2. ^ a b c d e f Olivier Renault (30 November 2015). "La ferme de La Barre n'a pas oublié son cheval blanc" (フランス語). Ouest-France.fr. 2017年9月21日閲覧
  3. ^ a b c d e Homéric 2012, p. 97.
  4. ^ a b c d e Homéric 2012, p. 98.
  5. ^ a b Cloé Arrault (27 September 2019). "Sarthe. L'histoire du cheval blanc qui a fasciné le monde hippique" (フランス語). Ouest-France.fr. 2022年7月24日閲覧
  6. ^ John Slusar. “2000 GUINEAS 1966” (英語). Greyhound Derby. 2022年7月24日閲覧。
  7. ^ a b c d e Homéric 2012, p. 102.
  8. ^ a b c Homéric 2012, p. 103.
  9. ^ "PRIX MONT BLANC - DU MANS - 23/05/2022" (フランス語). equidia.fr. 23 May 2022. 2022年7月24日閲覧
  10. ^ Homéric 2012, p. 99.
  11. ^ SODASHI, LE 1E CHEVAL BLANC VAINQUEUR D'UN GR.1 DANS L'HISTOIRE DES COURSES !” (フランス語). france-sire.com. FS MediaProd (2020年12月13日). 2022年7月25日閲覧。
  12. ^ Full Result 3.25 Sandown | 29 April 1995” (英語). racingpost.com. Racing Post. 2022年7月25日閲覧。
  13. ^ “Russe Blanc takes Classic Chase to give Kerry Lee more big-race success” (英語). The Observer. (16 Jan 2016). https://www.theguardian.com/sport/2016/jan/16/russe-blanc-classic-chase-kerry-lee-warwick-willie-mullins 2022年7月2日閲覧。 
  14. ^ Masakazu Takahashi (2019年8月4日). “Extremely rare white thoroughbred wins Group 3 in Japan” (英語). racingpost.com. Racing Post. 2022年7月25日閲覧。
  15. ^ "Informations générales de VICONTE DES NEIGES - Info chevaux". infochevaux.ifce.fr (フランス語). 2022年7月3日閲覧
  16. ^ "VICONTE DES NEIGES". www.anaa.fr (フランス語). 2022年7月3日閲覧
  17. ^ "Viconte des Neiges AA|harasdevillereal" (フランス語). Haras de Villeréal. 2022年7月3日閲覧
  18. ^ "イタリア共和国大統領賞 歴代勝ち馬". おうまのアイコン wire-to-wire. 2022年7月3日閲覧
  19. ^ "Pedigree 3 générations de MONT BLANC II - Pedigree & chevaux associés - Info chevaux". infochevaux.ifce.fr (フランス語). 2019年6月24日閲覧
  20. ^ "Mont Blanc Horse Pedigree". pedigreequery.com (英語). 2022年7月2日閲覧
  21. ^ a b c "Mont Blanc II|SportsHorseData". sporthorse-data.com (英語). 2022年7月2日閲覧

参考文献

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関連項目

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外部リンク

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