コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

マリウス・プッツナウスキー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
マリウス・プッツナウスキー
2006年
本名 マリウシュ・ズビグニエフ・プジアノフスキ
生年月日 (1977-02-07) 1977年2月7日(47歳)
出身地 ポーランドの旗 ポーランドウッチ県ビャワ・ラフスカ
原語名 Mariusz Zbigniew Pudzianowski
通称 プジアン (Pudzian)
ドミネーター (Dominator)
スーパーマリウシュ (Super Mariusz)
パイソン (Pyton)
プジラ (Pudzilla)
国籍 ポーランドの旗 ポーランド
身長 186 cm (6 ft 1 in)[1]
体重 130 kg (287 lb)[1]
118kg (MMA)
階級 ヘビー級
リーチ 195 cm (77 in)
スタイル 極真空手ボクシング
スタンス オーソドックス
チーム アメリカン・トップチーム
→プジアン・チーム、WCA Fight Team
現役期間 2009年 –
総合格闘技記録
試合数24
勝利17
ノックアウト12
判定5
敗戦7
ノックアウト3
タップアウト4
ウェブサイト pudzian.pl
総合格闘技記録 - SHERDOG
獲得メダル
ポーランドの旗 ポーランド
ストロンゲストマン
ワールド・ストロンゲストマン・コンテスト
2002年 クアラルンプール
2003年 ヴィクトリアの滝
2005年 成都市
2006年 三亜市
2007年 アナハイム
2008年 チャールストン
2009年 バレッタ
テンプレートを表示

マリウス・プッツナウスキーポーランド語: Mariusz Zbigniew Pudzianowski、男性、1977年2月7日 - )は、ポーランド総合格闘家ウッチ県ビャワ・ラフスカ出身。プジアン・チーム所属。ワールド・ストロンゲストマン・コンテストにて3連覇を含む5回優勝[2]

来歴

[編集]

ビャワ・ラフスカ生まれ。父は重量挙げの選手だった[3]

幼いころからスポーツに興味を持ち、11歳のころに極真空手を学びだし[4]、現在極真空手四級である[4]

13歳の時から筋力トレーニングをしている[4]。15歳の時、ボクシングも始めたが7年で辞めた[4][3]

16歳のとき、ポーランド重量挙げ選手権に出場し、プロスポーツ界にデビューした[4]

世界最強の男』でのプッツナウスキー

その後、欧米で人気の力自慢イベント『世界最強の男』で5回優勝(史上最高記録)。

総合格闘技

[編集]
総合格闘技でのプッツナウスキー(2011年)

2009年12月11日、地元ポーランドのイベントであるKSW 12のメインイベントでプロ総合格闘技デビュー。マルチン・ナイマンと対戦し、試合開始43秒で勝利を収めた。

2010年5月7日、KSW 13で川口雄介と対戦し、3-0の判定勝ち。

2010年5月21日、アメリカの総合格闘技大会「Moosin(武神)」のメインイベントで元UFC世界ヘビー級王者のティム・シルビアとスーパーヘビー級契約で対戦。2Rにサイドポジションからのパウンドによるタップアウト負けを喫した。

2010年9月18日、KSW 14のメインイベントでバタービーンと対戦し、パウンドによるタップアウト勝ちを収めた。

2011年5月21日、KSW 16でジェームス・トンプソンと対戦し、肩固めで一本負けを喫した。

2011年11月26日、KSW 17でジェームス・トンプソンと再戦。試合後には2-0の判定勝ちと発表されたが、採点ミスがあり実際は1-1の判定ドローだったため、2日後にノーコンテストに変更となった[5]

2015年10月31日、KSW 32でピーター・グラハムと対戦し、2Rに右アッパーでダウンし追撃のパウンドによるTKO負けを喫した[6]

2019年11月9日、KSW 51でエルコ・ユンと対戦し、2RにパウンドによるTKO勝ちを収めた[7]

人物・エピソード

[編集]
  • 2000年から2001年までの19か月間、プッツナウスキーは暴行の罪でウォヴィチ[4][3]刑務所服役していた[4][3][8]。インタビューにて、彼は、18歳の少年を虐待している地元のマフィアのボスを止めたかったと話していた[3][8]。男性はのちにプッツナウスキーを、傷害と金の鎖の盗難訴訟を起こした[8]

戦績

[編集]
総合格闘技 戦績
25 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
17 12 0 5 0 0 1
3 3 4 0 0
勝敗 対戦相手 試合結果 大会名 開催年月日
× ピーター・グラハム 2R 2:00 TKO(右アッパー→パウンド) KSW 32: Road to Wembley 2015年10月31日
ホーレス・グレイシー 1R 0:27 TKO(パンチ連打) KSW 31: Materla vs. Drwal 2015年5月23日
パウエル・ナツラ 5分3R終了 判定3-0 KSW 29: Reload 2014年12月6日
オリィ・トンプソン 5分2R終了 判定3-0 KSW 27: Cage Time 2014年5月17日
ショーン・マッコークル 5分2R終了 判定3-0 KSW 24: Clash of the Giants 2013年9月28日
× ショーン・マッコークル 1R 1:57 キムラロック KSW 23: Khalidov vs. Manhoef 2013年6月8日
クリストス・ピリアファス 1R 3:48 TKO(パウンド) KSW 20: Fighting Symphony 2012年9月15日
ボブ・サップ 1R 0:39 TKO(パウンド) KSW 19: Pudzianowski vs. Sapp 2012年5月12日
- ジェームス・トンプソン ノーコンテスト(採点ミス) KSW 17: Revenge 2011年11月26日
× ジェームス・トンプソン 2R 1:06 肩固め KSW 16: Konfrontacja 2011年5月21日
バタービーン 1R 1:16 ギブアップ(パウンド) KSW 14: Judgment Day 2010年9月18日
× ティム・シルビア 2R 1:43 ギブアップ(パウンド) Moosin: God of Martial Arts 2010年5月21日
川口雄介 5分2R終了 判定3-0 KSW 13: Kumite 2010年5月7日
マルチン・ナイマン 1R 0:43 ギブアップ(パウンド) KSW 12: Najman vs. Pudzianowski 2009年12月11日

脚注

[編集]
  1. ^ a b Official website stats, in Polish, accessed 9 October 2009.
  2. ^ アーカイブされたコピー”. 2014年7月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年8月8日閲覧。
  3. ^ a b c d e Pudzian. Historia prawdziwa”. Wirtualna Polska. 2010年5月10日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g Mariusz Pudzianowski biography”. Pudzianowski official website. 2010年5月10日閲覧。
  5. ^ Mariusz Pudzianowski vs. James Thompson II Result Changed to No Contest MMA Fighting 2011年11月28日
  6. ^ 【KSW32】ポーランドの鉄人プジャノウスキー、グラハムのパウンドに沈む MMA PLANET 2015年11月1日
  7. ^ 【KSW51】初のクロアチア大会のメインはプシャノウスキーが、マウントパンチでエルコ・ユンを下す MMA PLANET 2019年11月10日
  8. ^ a b c Pudzianowski siedział w więzieniu!”. Nocoty.pl. 2010年5月10日閲覧。

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]