マット・ジャクソン (レーサー)
マット・ジャクソン | |
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基本情報 | |
国籍 | イギリス |
生年月日 | 1981年6月10日(43歳) |
出身地 | ヘンレイ=イン=アーデン(イングランド) |
イギリスツーリングカー選手権での経歴 | |
デビュー | 2001 |
所属 | チーム・シュレッデッド・ウィート・レーシング・ウィズ・デュオ |
車番 | 3 |
過去所属 |
レーシング・シルバーライン ジャクソンズ Mスポーツ GRモータースポーツ |
出走回数 | 310 |
優勝回数 | 30 |
ポールポジション | 5 |
ファステストラップ | 23 |
シリーズ最高順位 | 2位 (2008) |
過去参加シリーズ | |
2005-06 2000 |
セアト・クプラ選手権 ルノー・クリオ・カップ |
選手権タイトル | |
2006 | セアト・クプラ選手権 |
マット・ジャクソン (Mat Jackson, 1981年6月10日 - ) は、イギリスのレーシングドライバー。現在はイギリスツーリングカー選手権にモーターベース・パフォーマンスから参加している。最高位は2008年のランキング2位で、2016年シーズンは2位のサム・トードフから14ポイント差の3位となった。
経歴
[編集]初期
[編集]ジャクソンは10代の頃からカートを始め、2000年にはルノー・クリオ・カップに参戦、ランキング4位となった。2001年にはイギリスツーリングカー選手権のプロダクションクラスに参戦、GRチームのフォード・フォーカスをドライブし、ランキング4位となる。その後は資金調達に苦労し、レース界での活動を縮小したが、2005年に家族運営のチームでセアト・クプラ選手権に参戦する。同選手権では8勝を挙げ、8度のポールポジションと8回のファステストラップを記録、ランキング2位となった。セアトはBTCCのドライバーとして彼の起用を考えたが[1]、2006年もクプラ選手権に参戦、開幕戦から2連勝してシーズンをリードし、第12戦までに9勝を挙げその強さを発揮、シーズンタイトルを獲得した。
イギリスツーリングカー選手権
[編集]ジャクソンズ Mスポーツ (2007-2008)
[編集]2007年のイギリスツーリングカー選手権でジャクソンは実力を発揮し、オウルトン・パークでの第3レースで優勝するまでに多くの表彰台を獲得した [2]。スラクストンでは不運にもクラッシュとエンジン不調のためノーポイントに終わる [3]。ホーム戦となったドニントンでは第1レースで4番手からスタート、何周かをリードしたが、後輪駆動のBMWはウェットコンディションにマッチせず下位に沈んだ [4]。ブランズ・ハッチ第2ラウンドでは最初のターンで外側から追い抜きを仕掛けたがスピン、11台の多重事故を引き起こしドライバー2名が病院送りとなった [5]。最終ラウンドのスラクストンでは自らのペースを維持し、第3レースで優勝を遂げた。誰もがファブリツィオ・ジョヴァナルディとジェイソン・プラトのタイトル争いに集中していたが、ジャクソンはスタートでトム・コロネルのインを突いた。その後はチームRACのコリン・ターキントンを抑え、自身2度目の優勝を果たし、ランキングで7位となった。
2008年も前年と同じ体制でシリーズに臨んだ。開幕戦のブランズ・ハッチでジャクソンはポールポジションからスタートし、レースの3/4以上をリードしたが、終盤に雨のためグリップを失い、ゴール直前にジョナヴァルディにかわされ2位となった。第2レースでは4位を争い、第3レースではターキントンのBMW・320siに次いで2位に入った。
ロッキンガムでは第1レースを6位で終えた。第2レースでは好スタートを切り、ダレン・ターナーとジョナヴァルディのミスに乗じてすぐにリードを取り、自身3度目の勝利を挙げた。雨で遅れた第3レースでは後輪駆動のBMWがスリップするにもかかわらず、ジャクソンはターキントンの後に付き2位を走行していた。全てがうまく行き、ジャクソンはターキントンを外側から抜こうとしたが、グラベルに押し出されリタイアとなった。その結果、チャンピオンシップをリードするチャンスを失った。ドニントン・パークでは第1レースで予選14位となり、決勝では5位まで浮上したが、トム・チルトンと接触しリタイアとなった。第3レースでは8位に入り、このラウンドでの初のポイントを獲得した。
クロフトでは予選7位となる。第1レースは悪天候の中行われ、雨のためコースには川や水たまりが現れていた。スタートからジャクソンはリードしたが、ステファン・ジェリーとアラン・テイラーの事故でマーシャルが負傷し、赤旗中断となった。レースは再スタートしたが、天候は悪化していった。ジャクソンは2番手から再スタートしたが、最初のコーナーでリードを取る。これは彼が危険なタワーコーナーに最初に進入することを意味した。結果彼はブレーキがロックし、コースを直進してしまう。彼のマシンはグラベルにコースアウトしたがかろうじてコースに復帰、18位となった。その順位のまま再び赤旗が振られ、レースは悪天候のため中止となった。2008年シーズン、ジャクソンはランキング2位となり、1位のジョナヴァルディとは36ポイント差であった。
RML (2009)
[編集]ジャクソンのチームからは主要スポンサーが手を引き、2009年シーズンに参戦するための資金の目途は立たなかった。ジャクソンは2009年のエントリーリストに載っておらず、行く末は不透明であったが、RMLが第2ラウンドスラクストンで彼を起用した[1]。この第3レースで彼は優勝する。その後、第3ラウンドのドニントンからRMLがサポートするシルバーライン・レーシングでジェイソン・プラトのチームメイトとなった[2]。シーズン前半は苦戦したが、第7ラウンドノックヒルから8戦連続表彰台(リバースグリッドレース時代の記録)を達成し、その中にはノックヒルでの勝利とシルバーストンでのポールポジションも含まれた[3]。ジャクソンは2009年シーズン、ランキング5位に入った[4]。
モーターベース・パフォーマンス (2010-)
[編集]2010年シーズン、ジャクソンはエアウェーヴスBMWと契約を結んだ。第3ラウンドのブランズ・ハッチ第3レースで優勝し、シーズン全体では6度の表彰台を記録、チームメイトのスティーヴン・ケーンから14ポイント差の155ポイントでランキング7位となった。
2011年シーズンは、エアウェーヴス・レーシングに留まった。チームはBMWに代えてフォード・フォーカス STを採用し、彼とルーキーのチームメイト、リアム・グリフィンを起用した。チームはマシンをチーム・エーオンから購入、これはエーオンのマシンと同じくNGTCエンジンを搭載した。このシーズン、彼は再びフロントランナーに復帰し、ゴードン・シェデン、マット・ニールとタイトルを争った。ドニントン、オウルトン・パーク、クロフト、スネッタートンと4勝を挙げたが、スネッタートン以降の成績は振るわず、結局ランキング4位でシーズンを終えた。
2012年、チームはレッドストーン・レーシングと改名した[5]。ジャクソンはドニントンの第1レースで優勝、第3レースも優勝したが、ターボブーストが規定を越えたため失格となった[6]。オウルトン・パークでは第2レースでロブ・コラードと接触、共にパンクしリタイアとなった。第3レースではダニエル・ウェルチをスピン、リタイアさせ、この2つの件で彼はペナルティを受けることとなった[7]。スネッタートンから新型のフォード・フォーカス ST Mk.IIIに乗り換え、シルバーストンでは17位からスタート、優勝を遂げた。
翌2013年はNGTCフォード・フォーカスSTでシーズンを通して戦った。
その他の活動
[編集]ジャクソンはBBCのトップ・ギアに3回出演している。最初はシリーズ10のエピソード6でモーターホームでレースを行っている。2度目はシリーズ14のエピソード4で、航空機用のトーイングトラクターでレースを行った[8]。3度目はシリーズ20のエピソード2で、タクシーのレースでトヨタ・ハイエースをドライブした。
彼はマクラーレン・オートモーティブのテストドライバーでもあり、マクラーレン・MP4-12Cの開発を担当した[9]。
記録
[編集]イギリスツーリングカー選手権
[編集](凡例) 太字はポールポジション(1ポイント - 2001年は全戦。2007年から現在:最初のレースのみ 2001年はクラスごと) 斜体はファステストラップ(1ポイント - 2001年から現在:全戦 2001年はクラスごと)*印は最低1ラップをリードしたドライバー(1ポイント - 2001年は特定のレース 2007年から現在:全戦 2001年はクラスごと)
* 現在進行中。
イギリスGT選手権
[編集](凡例) (太字はポールポジション) (斜体はファステストラップ)
年 | チーム | 車両 | クラス | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | DC | ポイント |
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2015 | オマーン・レーシングチーム | アストンマーティン V12 ヴァンテージ GT3 | GT3 | OUL 1 4 |
OUL 2 10 |
ROC 1 |
SIL 1 |
SPA 1 |
BRH 1 |
SNE 1 |
SNE 2 |
DON 1 |
19位 | 13 |
脚注
[編集]出典
[編集]- ^ O'Leary, Jamie (1 April 2009). “Plato to race RML Lacetti at Brands”. Autosport (Haymarket Publications) 20 April 2009閲覧。
- ^ “Jackson added to Silverline banner”. Crash.net (Crash Media Group). (14 May 2009). オリジナルの2009年6月4日時点におけるアーカイブ。 17 May 2009閲覧。
- ^ Jackson on Silverstone pole
- ^ Jackson sees podium run finally end
- ^ Motorbase Performance confirm three car line-up Archived 2012年6月1日, at the Wayback Machine., TouringCarTimes.
- ^ Jackson loses race three win Archived 2012年7月21日, at Archive.is, BTCC.net.
- ^ Hudson, Neil. “Troubled day for Mat Jackson, penalised twice at Oulton”. TouringCarTimes. 12 June 2012閲覧。
- ^ Mat Jackson, IMDb.
- ^ Jackson arrives in style[リンク切れ], BTCC.net.
外部リンク
[編集]- Mat Jackson's Official site
- Profile at BTCCPages.com
- British Touring Car Championship Official Website
- Profile from btcc:action
- Career BTCC Results
タイトル | ||
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先代 トム・ボードマン |
セアト・クプラ選手権 2006 |
次代 ジョナサン・アダム |