マウン・マウン
表示
マウン・マウン မောင်မောင် | |
任期 | 1988年8月19日 – 1988年9月18日 |
---|---|
出生 | 1925年1月11日 イギリス領インド帝国、下ビルマ |
死去 | 1994年7月2日 ミャンマー、ヤンゴン管区ヤンゴン |
政党 | ビルマ社会主義計画党 |
現職 | 軍人 |
宗教 | 上座部仏教 |
マウン・マウン(Maung Maung、1925年1月11日 - 1994年7月2日)はミャンマーの政治家。1988年8月19日から同年9月18日までの約1ヶ月、同国大統領、ビルマ社会主義計画党 (BSPP) 議長を務めた。
経歴
[編集]第二次世界大戦に従軍。戦後は軍を退役し新聞社を設立した。1974年に制定された憲法の起草者の一人。 1988年8月8日の大規模デモを受けて辞職したセイン・ルインの後継者としてBSPP議長に就任したが、彼の執政はソウ・マウンによるクーデターで終わりを告げた。
参考文献
[編集]- 佐久間平喜『ビルマ(ミャンマー)現代政治史 増補版』 勁草書房、1993年
公職 | ||
---|---|---|
先代 エー・コ 大統領代行 |
ビルマ連邦社会主義共和国大統領 第7代:1988年8月19日 – 1988年9月18日 |
次代 ソウ・マウン 国家法秩序回復評議会議長 |
党職 | ||
先代 セイン・ルイン |
ビルマ社会主義計画党議長 1988年8月19日 - 1988年9月18日 |
次代 国民統一党に党名変更 |