ポニー・ポインデクスター
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ポニー・ポインデクスター Pony Poindexter | |
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出生名 | Norwood Poindexter |
生誕 | 1926年2月8日 |
出身地 | アメリカ合衆国 ルイジアナ州ニューオーリンズ |
死没 |
1988年4月14日(62歳没) アメリカ合衆国 カリフォルニア州オークランド |
ジャンル | ジャズ |
職業 | ミュージシャン |
担当楽器 | サクソフォーン |
活動期間 | 1940年代 - 1980年代 |
レーベル | エピック、プレスティッジ、インナー・シティ |
ポニー・ポインデクスター(Pony Poindexter、1926年2月8日 - 1988年4月14日)は、アメリカのジャズ・サクソフォーン奏者。
略歴
[編集]ポインデクスターはクラリネットから楽器を始め、アルト・サックスとテナー・サックスに転向した。1940年、シドニー・デヴィーンに師事し、第二次世界大戦後、カリフォルニア州オークランドに新設されたキャンデル音楽院に通った。1947年から1950年までビリー・エクスタインと共演。1950年、ヴァーノン・アレイとのカルテットで演奏した。1951年から1952年までライオネル・ハンプトンと共演し、1952年にはスタン・ケントンと共演した。ニール・ヘフティは、ポインデクスターにちなんで名付けられた曲「リトル・ポニー」をカウント・ベイシー・オーケストラのために書いている[1]。1950年代の終わりまで、ポインデクスターはリーダーとしてもサイドマンとしても幅広く演奏し、チャーリー・パーカー、ナット・キング・コール、T-ボーン・ウォーカー、ジミー・ウィザースプーンとレコーディングを行った。1960年代初頭にはソプラノ・サックスも演奏するようになった[1]。
1962年頃、エピック・レコードのセッションでエリック・ドルフィーとデクスター・ゴードンとレコーディングを行った。1963年にパリに移り、アニー・ロスとレコーディング。彼は8年間、スペインに住んだ後、ドイツのマンハイムに移り、その後、アメリカに戻った[1]。彼は回顧録『The Pony Express. Memories of a Jazz Musician』を1985年に出版した。
ディスコグラフィ
[編集]リーダー・アルバム
[編集]- 『ポニーズ・エクスプレス』 - Pony's Express (1962年、Epic)
- Pony Poindexter Plays the Big Ones (1963年、New Jazz)
- 『ガンボ!』 - Gumbo! (1963年、New Jazz) ※with ブッカー・アーヴィン
- 『オール・ブルース』 - Annie Ross & Pony Poindexter (1966年、Saba) ※with アニー・ロス
- 『アルト・サミット』 - Alto Summit (1968年、MPS) ※with リー・コニッツ、フィル・ウッズ、レオ・ライト
- The Happy Life of Pony (1969年、Session)
- Pony Poindexter En Barcelona (1972年、Spiral)
- Poindexter (1976年、Inner City)
参加アルバム
[編集]- Stella by Starlight (2005年、SteepleChase) ※1966年録音
- 『ア・グッド・ギット・トゥゲザー』 - A Good Git-Together (1959年、Pacific)
- 『ザ・ホッテスト・ニュー・グループ・イン・ジャズ』 - The Hottest Group in Jazz (1959年、Columbia)
- Far Wes (1990年、Pacific Jazz) ※1958年–1959年録音
脚注
[編集]- ^ a b c “Pony Poindexter | Biography & History | AllMusic”. AllMusic. 23 January 2017閲覧。