ペンザ
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ペンザ Пенза | |||||
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位置 | |||||
ロシア内のペンザ州の位置 | |||||
歴史 | |||||
建設 | 1663年 | ||||
行政 | |||||
国 | ロシア | ||||
連邦管区 | 沿ヴォルガ連邦管区 | ||||
行政区画 | ペンザ州 | ||||
市 | ペンザ | ||||
地理 | |||||
面積 | |||||
市域 | 79.5 km2 | ||||
人口 | |||||
人口 | (2016年現在) | ||||
市域 | 524,632人 | ||||
その他 | |||||
等時帯 | モスクワ時間 (UTC+3) | ||||
郵便番号 | 4400xx | ||||
市外局番 | +7 8412 | ||||
ナンバープレート | 58 | ||||
公式ウェブサイト : http://www.penza-gorod.ru/ |
ペンザ(ロシア語: Пе́нза)はロシア連邦の都市。沿ヴォルガ連邦管区に含まれるペンザ州の州都。ヴォルガ川の支流スラ川に臨む。モスクワの南西625km。高速道路M5が走る。人口は524,632人(2016年)。
歴史
[編集]1663年にロシア南東部の前線基地として建設された。そのため町は都市計画もないまま国境の町として拡大していった。18世紀には交易の拠点として成長。1774年、プガチョフの乱で蜂起軍に占領される。町の人々はこの反乱を歓迎した。
ロシア革命期にはチェコ軍団が反ボリシェビキを掲げて蜂起した。第二次世界大戦後は工業都市となる。ソ連のコンピューター「ウラル」(Ural)はこの町で製造されていた。
1928年、短期間ながらレフ・カメーネフが党中央執行委員を除名されてペンザに流刑処分となった[1]。
国立工科大学など5つの高等教育機関や、劇場、博物館などがある。
交通
[編集]郊外にペンザ空港があり、モスクワやサンクトペテルブルクへの直行便が運航されている。
姉妹都市
[編集]著名な出身者
[編集]- フセヴォロド・メイエルホリド
- イワン・モジューヒン
- ヴォヴァ・ガルシェンコ、オルガ・ガルシェンコ
- ミハイル・レールモントフ - ペンザ近郊で成長した。
脚注
[編集]- ^ トロツキーら反革命で流刑『東京朝日新聞』昭和3年1月18日(『昭和ニュース事典第1巻 昭和元年-昭和3年』本編p362 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年)