コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

ベリル・ウォーレス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ベリル・ウォーレス
Beryl Wallace
Beryl Wallace
1920年代(John de Mirjian撮影)
本名 Beatrice Heischuber
生年月日 (1912-09-29) 1912年9月29日
没年月日 (1948-06-17) 1948年6月17日(35歳没)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ニューヨーク市ブルックリン区
死没地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ペンシルベニア州アリスツ英語版
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
職業 歌手、女優、ダンサー
活動期間 1928 - 1948
テンプレートを表示

ベリル・ウォーレスBeryl Wallace1912年9月29日 - 1948年6月17日)は、アメリカ合衆国歌手ダンサー女優

生涯

[編集]

1912年、ニューヨーク市ブルックリン区に生まれる。オーストリア出身のユダヤ人労働者階級の家庭で、9人兄弟の上から2人目[1]。出生名はBeatrice Heischuber[2]

ダンサーを目指し、1928年に新聞でブロードウェイのアール・キャロル劇場が『The Earl Carroll Vanities』の出演者を募集しているのを見て応募。「世界一の美少女」としてデビューした。

1938年、アール・キャロル劇場がハリウッドにも進出。そのファサードにはベリル・ウォーレスの巨大な顔を描いた高さ6.1mのネオンサインが飾られた[3][4]

1934年、『絢爛たる殺人英語版』にダンサーとして出演(クレジットなし)たのが映画デビュー。1937年のB級西部劇『Rough Riding Rhythm』と『Romance of the Rockies』では主人公の相手役を務めるが、以後はクレジットなしの小さな役が続く。その間もアール・キャロル劇場の看板女優として活躍して舞台の仕事は続けた[5]

第2次世界大戦中は15分のラジオ番組で週2回歌い、また月曜夜のNBCラジオのエンターテイメント番組『Furlough Fun』ではホストを勤めた。またマスカーズ・クラブ、ハリウッド・キャンティーンに出演し兵士たちを慰問した[6]

1948年6月17日、アール・キャロルとともにロサンゼルスからニューヨークに向かっていたところ、乗っていたユナイテッド航空UA624がペンシルベニア州アリスツ英語版で墜落。2人を含む乗客39人と乗員4人全員が死亡した[7]

ウォーレスの遺体はキャロルとともにカリフォルニア州グレンデールフォレスト・ローン・メモリアル・パーク英語版に埋葬された。

主な出演作品

[編集]

舞台

[編集]
  • Earl Carroll's Vanities (1928, 1930, 1931, 1932, 1940)
  • Earl Carroll's Sketch Book (1929, 1935)
  • Murder at the Vanities (1933 - 1934)
  • The Women (1936 - 1938)

映画

[編集]
  • 絢爛たる殺人 Murder at the Vanities (1934)
  • Rough Riding Rhythm (1937) ※ヒロイン
  • Romance of the Rockies (1937) ※ヒロイン
  • 地獄街 The Devil's Party (1938) ※クレジットなし
  • 巴里の評判娘 The Rage of Paris (1938) ※クレジットなし
  • 海と青年 Youth Takes a Fling (1938) ※クレジットなし
  • 貿易風 Trade Winds (1938) ※クレジットなし
  • あきれたサーカス You Can't Cheat an Honest Man (1939) ※クレジットなし
  • 男対男 Coast Guard (1939) ※クレジットなし
  • ザ・ウィメン The Women (1939) ※クレジットなし
  • Sunset on the Desert (1942)
  • 硝煙のカンサス The Kansan (1943)
  • The Woman of the Town (1943)
  • Enemy of Women (1944)

出典

[編集]
  1. ^ Wagner, Laura (Spring 2017). “Beryl Wallace Volcanic Venus”. Films of the Golden Age (88): 9–10. 
  2. ^ “Beryl Wallace Will Provides for Mother”. The Los Angeles Times (California, Los Angeles): p. 3. (July 3, 1948). https://www.newspapers.com/clip/22919808/beryl_wallace/ 2020年3月31日閲覧。  オープンアクセス
  3. ^ Earl Carroll Theatre”. Los Angeles Historic Theatre Foundation. December 14, 2017時点のオリジナルよりアーカイブ。December 14, 2017閲覧。
  4. ^ Reiner-Roth, Shane (2019年9月27日). “L.A.'s historic Earl Carroll Theatre will reopen as an entertainment complex”. The Architect's Newspaper. 2020年3月31日閲覧。
  5. ^ Rasmussen, Cecilia (February 12, 2006). “'Body Merchant' Packed Them In”. Los Angeles Times. http://articles.latimes.com/2006/feb/12/local/me-then12 
  6. ^ Messina, Cheryl. “Beryl Wallace Profile”. Glamour Girls of the Silver Screen. December 14, 2017閲覧。
  7. ^ “Airliner Crash Takes Lives of 43 Persons”. Lodi News-Sentinel. United Press International: p. 1. (June 18, 1948). https://news.google.com/newspapers?nid=2245&dat=19480618&id=BUgzAAAAIBAJ&sjid=pu4HAAAAIBAJ&pg=6411,5976246 

外部リンク

[編集]