コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

ビーイング・フォー・ザ・ベネフィット・オブ・ミスター・カイト

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ビートルズ > 曲名リスト > ビーイング・フォー・ザ・ベネフィット・オブ・ミスター・カイト
ビーイング・フォー・ザ・ベネフィット・オブ・ミスター・カイト
ビートルズ楽曲
収録アルバムサージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド
英語名Being for the Benefit of Mr. Kite!
リリース1967年6月1日
録音
ジャンル
時間2分37秒
レーベルパーロフォン
作詞者レノン=マッカートニー
作曲者レノン=マッカートニー
プロデュースジョージ・マーティン
サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド 収録曲
シーズ・リーヴィング・ホーム
(A-6)
ビーイング・フォー・ザ・ベネフィット・オブ・ミスター・カイト
(A-7)
ウィズイン・ユー・ウィズアウト・ユー
(B-1)

ビーイング・フォー・ザ・ベネフィット・オブ・ミスター・カイト」(Being for the Benefit of Mr. Kite!)は、ビートルズの楽曲である。1967年に発表された8作目のイギリス盤公式オリジナル・アルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』に収録された曲。レノン=マッカートニー名義の作品で、主にジョン・レノンが手がけ、ポール・マッカートニーが一部手伝っている[3][4]

歌詞の大部分は、1843年にロッチデールで開催されたパブロ・ファンク英語版のサーカス公演のポスターから取られている。歌詞に登場する馬の名前「ヘンリー」がヘロインを連想させるという理由から、BBCから放送禁止の処分を受けている。

背景

[編集]
インスピレーションを受けたポスター

1967年1月30日と31日にイギリスケント州セブノークスに隣接するノール・パーク英語版にて両A面シングル『ストロベリー・フィールズ・フォーエバー / ペニー・レイン』のミュージック・ビデオの撮影を行っていた[5][6]。休憩の合間にジョン・レノンは、町の骨董屋を訪れて1843年のサーカス団のポスターを見つけた。このポスターを買ったレノンは自宅の音楽室の壁に貼り、ポール・マッカートニーの助けを借りながら歌詞を書いた[7]

歌詞はポスターに掲載されていた宣伝文句からヒントを得て書かれており、このポスターに記載されていた宣伝文句をほぼ丸ごと引用している[7][8][9]。歌詞にするにあたり韻を踏みやすくするために、公演の場所がロッチデールからビショップスゲート英語版、馬の名前がザンサルスからヘンリーに変更された[7]。このうち「ヘンリー」がヘロインを連想させるとして、BBCでは放送禁止とされた。なお、ジョン自身はヘロインと馬の名前の関連性を否定している[10][11]

レノンは1968年のインタビューで「あれはまともな仕事ではなかった。アルバム用に新曲が必要だったから、惰性で書いただけ。歌詞は全部俺を正面から見つめていた」と語っていたが[12][8]、1980年の生前最後のインタビューでは「普遍的な美しさがある。この曲は水彩画のように純粋だ」と語っている[8]

2012年、レノンがインスパイアされた元のポスターのレプリカが当時の技術を使って製作され、1967部限定で発売されている[13]

レコーディング

[編集]

「ビーイング・フォー・ザ・ベネフィット・オブ・ミスター・カイト」のレコーディングは、1967年2月17日に開始され、2月20日に効果音、3月28日にハーモニカギター、3月29日と31日にオルガンがオーバー・ダビングされた[14]

2月17日にベースボーカルドラムハーモニウムという編成で7テイク録音された[7]。なお、テイク1の録音前に、レノンは「For the benefit of Mr. Kite」のフレーズをおどけて歌っていた。そのあと、ジェフ・エメリックが「For the Benefit of Mr. Kite! This is take 1.」とアナウンスしたのに対し、レノンが「Being For The Benefit Of Mr. Kite!」と訂正した。その後のセッションで、「And of course Henry The Horse dances the waltz(そしてもちろん馬のヘンリーがワルツを踊ります)」というフレーズの後のセクションのために鍵盤楽器のパートが追加された後、バス・ハーモニカのパートがテープの回転速度を半分落として録音された[7]。また、マッカートニーはギターソロ、レノンとジョージ・マーティンはオルガンを演奏した[7]

2月20日のセッションで、レノンはマーティンに対して「カーニバルのような雰囲気を持った感じで、おがくずの匂いがしそうな音にしたい」という抽象的な要求をした。当初マーティンはこれに応えるべく、スティーム・オルガンを使用することを考えたが、パンチ穴をあけて自動演奏するモデルしかなかったことから断念。そこでマーティンは、エメリックにパイプオルガンを録音したテープを数センチごとに切り、空中に放り投げてランダムに繋ぎ合わせることを指示した[15][7]

3月31日にモノラル・ミックス、4月7日にステレオ・ミックスが作成された[7]

クレジット

[編集]

特記がない限り、『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド (50周年記念エディション)』のブックレットに記載のクレジットを出典とする[7]

ビートルズ
追加ミュージシャン

カバー・バージョン

[編集]

脚注

[編集]

出典

[編集]
  1. ^ Grelsamer 2010, p. 252.
  2. ^ Wybenga, Eric (2011). Dead to the Core: An Almanack of the Grateful Dead. Random House 
  3. ^ Miles 1997, p. 318.
  4. ^ Vozick-Levinson, Simon (2013年7月25日). “Q&A: Paul McCartney Looks Back on His Latest Magical Mystery Tour”. Rolling Stone. https://www.rollingstone.com/music/news/q-a-paul-mccartney-looks-back-on-his-latest-magical-mystery-tour-20130725 2019年2月22日閲覧。 
  5. ^ Miles 2001, p. 255.
  6. ^ Winn 2009, pp. 77, 85.
  7. ^ a b c d e f g h i Sgt. Pepper 2017, p. 13.
  8. ^ a b c Sheff 2000, p. 183.
  9. ^ Martin 1996, pp. 134–140.
  10. ^ “Lennon-McCartney Songalog: Who Wrote What” (PDF). Hit Parader Winter 1977 [reprint of April 1972] (101): 38-41. https://archive.org/details/JohnLennonInterview1972HitParaderMagazine. 
  11. ^ Sheff 2000.
  12. ^ The Beatles 2000, p. 243.
  13. ^ John Lennon's poster”. KOTTKE.ORG (2012年10月9日). 2012年11月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年2月22日閲覧。
  14. ^ Lewisohn 1988, pp. 98, 99, 105–106.
  15. ^ Lewisohn 1988, p. 99.
  16. ^ Gilliland, John (1969). "Sergeant Pepper at the Summit: The very best of a very good year" (audio). Pop Chronicles. University of North Texas Libraries.
  17. ^ a b c d Womack 2014, p. 146.
  18. ^ Erlewine, Stephen Thomas. “Sgt. Pepper Live - Cheap Trick | Songs, Reviews, Credits”. AllMusic. All Media Network. 2022年1月23日閲覧。
  19. ^ Out There”. PaulMcCartney.com. MPL Communications. 2022年1月23日閲覧。

参考文献

[編集]

外部リンク

[編集]