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ビッグストーン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ビッグストーン
欧字表記 Bigstone[1]
品種 サラブレッド[1]
性別 [1]
毛色 鹿毛[1]
生誕 1990年2月8日[2]
死没 2002年(12歳没)
ラストタイクーン[1]
Batave[1]
母の父 ポッセ[1]
生国 アイルランドの旗 アイルランド[1]
生産者 デイトン株式会社[2]
馬主 Daniel Wildenstein[2]
調教師 Élie Lellouche[2]
競走成績
生涯成績 17戦6勝[1]
獲得賞金 919,508ドル[2]
勝ち鞍
G1 サセックスS 1993年
G1 クイーンエリザベス2世S 1993年
G1 イスパーン賞 1994年
G1 フォレ賞 1994年
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ビッグストーン(欧字名:Bigstone1990年2月8日 - 2002年)は、アイルランドで生産された競走馬種牡馬[1]

主な勝ち鞍に1993年サセックスステークス(G1)、クイーンエリザベス2世ステークス(G1)、1994年イスパーン賞(G1)、フォレ賞(G1)。日本国内では、宝塚記念(GI)など多数の重賞を制したメイショウドトウの父として知られる。

競走馬時代

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1992年9月30日フランスサンクルー競馬場で開催されたマラヴェディス賞でデビュー。しかし2着に敗れ、続いて出走したメゾンラフィット競馬場で開催のメディウム賞でも再び2着にクビ差で敗れる。2歳シーズンはこの2戦で終えることとなった。

1993年3月9日、メゾンラフィット競馬場のエタンプ賞から始動すると2着に2と2分の1馬身を付けて快勝。続いてサンクルー競馬場のオムニウムII賞でも2馬身差で勝利し、4月25日にG2グレフュール賞に挑むもここでは2着に敗れた。 5月30日ロンシャン競馬場で行われたジャンプラ賞でG1に初参戦した。1番人気の高評価を得たものの、結果はクビ差で2着に敗れる。続いてパリ大賞にも出走したが、ここではハナ差の2着に敗れた。しかし、渡英して5番人気と評価を落として出走したサセックスステークスでは、ザフォニックらの強敵を寄せ付けず、2着に1馬身程度の差をつけ4戦ぶりの勝利と初G1制覇を挙げた。 9月5日ムーラン・ド・ロンシャン賞に出走するも、キングマンボらに屈し1番人気を裏切る3着に敗れる。だが、9月25日に行われたクイーンエリザベス2世ステークスは前走で敗れたキングマンボを下し、3番人気からの1着と前回とは逆の評価と着順となった。その後、ブリーダーズカップマイルへと挑戦したが、6着に敗れた。

1994年3月29日イスパーン賞から始動すると、ハトゥーフらを抑えて勝利。そのまま少し空いて6月27日に連覇の懸かるサセックスステークスへ出走。しかし、ここでは生涯最低着順の8着に敗れた。その後ムーランドロンシャン賞、クイーンエリザベス2世ステークスと前年勝利したレースで連続で敗れてしまう。その後、10月16日フォレ賞に出走。ミストフライトとの大接戦を短首差制し、G1レース4勝目を挙げた。11月5日には再びブリーダーズカップマイルに挑戦するも、ここでも並んで生涯最低着順の8着に敗れる。このレースを最後に引退した。

種牡馬時代

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引退後はアイルランドで種牡馬入りした。シンガポールでもシャトル種牡馬として種付けを行っていたという。日本においては、輸入された産駒のメイショウドトウ2000年中京記念(GIII)、金鯱賞(GII)、オールカマー(GII)、2001年日経賞(GII)、宝塚記念(GI)を制したほか、GI競走2着5回の成績を挙げるなど活躍した。

しかし、欧州では特筆すべき活躍を挙げるような産駒は現れず、メイショウドトウが日本で活躍し始めるより前の1999年中国へ輸出された[3][注 1]。ビッグストーンは中国では北京通順競馬場2005年閉鎖)に繋養され[4][注 2]2002年に死亡したとされる。

血統表

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ビッグストーン血統 (血統表の出典)[§ 1]
父系 ノーザンダンサー系
[§ 2]

ラストタイクーン
1983 黒鹿毛
父の父
トライマイベスト
1975 鹿毛
Northern Dancer Nearctic
Natalma
Sex Appeal Buckpasser
Best In Show
父の母
*Mill Princess
1977 鹿毛
Mill Reef Never Bend
Milan Mill
Irish Lass Sayajirao
Scollata

Batave
1982 栗毛
*ポッセ
1977 栗毛
Forli Aristophanes
Trevisa
In Hot Pursuit Bold Ruler
Lady Be Good
母の母
Bon Appetit
1967 栗毛
Major Portion Court Martial
Better Half
Sweet Solera *ソロナウェー
Miss Gammon
母系(F-No.) (FN:11-f)
出典
  1. ^ [5]
  2. ^ [6]


脚注

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注釈

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  1. ^ Wikipedia日本語版の北京通順競馬場の記事初版など、日本の北海牧場が経営する北京龍頭牧場がビッグストーンを中国に輸入したとする日本語情報がインターネット上に散見されるが、レーシングポスト報道によればビッグストーンをクールモアから購入したのは北京華駿牧場・北京通順競馬場の経営者だった香港の実業家Y P Cheng(鄭榕彬)である。
  2. ^ 2001年から2003年にかけて中国で生産された産駒が実際に北京通順競馬場の競走に出走していたことが確認できる(LEADING SIRES”. Beijing Jockey Club. 2023年11月23日閲覧。

出典

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  1. ^ a b c d e f g h i j Bigstone(IRE)”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2022年10月4日閲覧。
  2. ^ a b c d e Bigstone (IRE) - EQUIBASE、2022年10月4日閲覧。
  3. ^ Bigstone to stand in China.”. The Free Library. The Racing Post (1999年8月3日). 2022年2月27日閲覧。
  4. ^ Introduce - Beijing Jockey Club - ウェイバックマシン(2003年4月5日アーカイブ分)
  5. ^ 血統情報:5代血統表|Bigstone”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2022年2月27日閲覧。
  6. ^ Bigstoneの血統表 競走馬データ”. netkeiba.com. 株式会社ネットドリーマーズ. 2022年2月27日閲覧。

外部リンク

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