バイスタンダー効果
バイスタンダー効果(バイスタンダーこうか、英語: Bystander Effect)は、「電離放射線(以下において放射線と表記)を直接照射された細胞だけでなく、その周囲の直接照射されていない細胞(バイスタンダー細胞)にも放射線を照射された影響がみられる」という現象である。バイスタンダーとは、「傍観者(bystander)」の意味である。1992年11月にハーバード大学のNagasawaとLittleによって世界で初めて報告された[1]。
放射線による影響は、直接照射された細胞のみに認められると長い間考えられてきたが、1990年代以降、その周囲の照射されていない細胞(バイスタンダー細胞)にも認められるとする報告が相次いだ。具体的には、低線量の放射線を細胞群に照射すると、放射線を直接照射された細胞だけでなく、照射されなかったはずの細胞にまでも、遺伝的不安定性[2]、DNA損傷、染色体異常、細胞分裂・増殖阻害、アポトーシス(細胞の自殺)、突然変異の誘発など[3]の放射線の影響が観察されるようになった。その後、この現象は「バイスタンダー効果」という用語で呼ばれるようになり、そのメカニズムには放射線に直接照射された細胞と照射されていない細胞(バイスタンダー細胞)間のシグナル伝達が重要な役割を果たすことが示唆された[4]。
現在、バイスタンダー効果の成因として、細胞間接着装置であるギャップ結合や、細胞間のシグナル分子である活性酸素(ROS)、サイトカインなどが密接に関与すると考えられている。また、東京理科大学の小島らによって、エネルギー供与体であるアデノシン三リン酸(ATP)と細胞膜上に発現するATP受容体(P2受容体)を介したシグナル伝達の関与も報告されている[5]。
脚注
[編集]- ^ Hatsumi Nagasawa and John B. Little (1992) Induction of sister chromatid exchanges by extremely low doses of alpha-particles. Cancer Research: November 1992, Vol. 52, No. 22, pp. 6394-6396
- ^ 近藤隆ほか編 編『放射線医科学 : 生体と放射線・電磁波・超音波』大西武雄監修、学会出版センター、2007年。ISBN 978-4-7622-3055-4。
- ^ くらしとバイオプラザ21. “談話会レポート「もらい泣きする細胞の話〜放射線誘発バイスタンダー効果」”. 最新ニュース一覧. 2012年2月3日閲覧。
- ^ 松本英樹 著「特別講演2 放射線誘発防護的バイスタンダー応答と適応応答」、根井充編 編『生き物はどのようにして放射線に立ち向かうのか : DNA損傷応答と適応応答』放射線医学総合研究所〈放医研シンポジウムシリーズ. 放射線防護研究センターシンポジウム第3回〉、2009年。ISBN 978-4-938987-59-6。
- ^ Mitsutoshi Tsukimoto, Takujiro Homma, Yasuhiro Ohshima, and Shuji Kojima (2010) Involvement of Purinergic Signaling in Cellular Response to γ Radiation. Radiation Research: March 2010, Vol. 173, No. 3, pp. 298-309
参考文献
[編集]- 松本英樹「低線量/低線量率放射線に対する生体応答」(PDF)『北陸地域アイソトープ研究会誌』第7号、北陸地域アイソトープ研究会、2005年、36-40頁、ISSN 1345-1693、NAID 40015510601。
- 「バイスタンダー効果のメカニズム解明を目的に建設が進むマイクロビーム細胞照射装置(SPICE)」『放医研ニュース』第77号、放射線医学総合研究所、2003年3月。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 科学技術振興機構. “[ttps://www.jst.go.jp/nrd/result/h22/o24.html 放射線誘発プリン介在型細胞間情報伝達の解明とがん治療への応用]”. 原子力システム研究開発事業及び原子力基礎基盤戦略研究イニシアティブ 成果報告会資料集. 2012年2月3日閲覧。
- バイスタンダー効果 - 原子力百科事典ATOMICA
- 鈴木雅雄. 低線量放射線照射による生物影響 染色体損傷における粒子線誘発バイスタンダー効果の分子メカニズムの実験的検証. 放医研ニュース96号