原子単位系
原子単位系(げんしたんいけい、英: atomic units)とは、原子物理学や量子化学において、物理定数を消去することで数式の表現を簡潔にするために用いられる単位系である[1][2][3]。1927年にダグラス・ハートリーによって提案された[3][4]。
原子単位系は電荷、質量、および作用を基本量とし、対応する基本単位をそれぞれ電気素量 e、電子質量 me、および作用量子 ħ に選ぶ単位系である[4]。 原子単位系が基づく量体系は、歴史的には静電単位系などと同じく3元系であり、一貫性のある長さとエネルギーの単位はそれぞれボーア半径 a0 = ħ2/mee2 とハートリーエネルギー EH = e2/a0 である[2][3][4]。 国際量体系と整合させる場合は、ボーア半径かハートリーエネルギーの一方を基本単位として選ぶことで4元系とすることができる。 したがって、原子単位系における一貫性のある時間の組立単位は ħ/EH で表現される[5]。
原子単位系には、エネルギーの基本単位としてハートリー(hartree または Eh)を用いるハートリー原子単位系の他、リュードベリ(rydberg または Ry)を用いるリュードベリ原子単位系[6]などが存在しこちらもしばしば用いられる。IUPACグリーンブック[7]では、ハートリー原子単位系を指すものとして原子単位系が説明されている。
ハートリー原子単位系
[編集]ハートリー原子単位系では、エネルギーの基本単位としてハートリー(hartree または Eh)を用いる。1ハートリーは、ボーア半径の距離を隔てた2つの電荷素量が持つポテンシャルエネルギーで定義される[1][8]。すなわち、クーロンの法則より次のように表現できる。
ここで、ε0 は真空の誘電率、c は光速、α = e2/4πε0ħc は微細構造定数である。
よくある間違い
[編集]IUPACグリーンブック[7]では次のような誤用が指摘されている。
「原子単位ではなどの定数はすべて1である」という表現がよく使われるが, これは間違った表現である. 正しくは「原子単位では電気素量は, 電子質量は,......である」と表現しなければならない.
単位の記号について
[編集]単位を表す記号として、a0, me, ħ, e, Eh の代わりに、いずれも atomic unit の省略形である a.u. で表すことがある。この慣習はIUPACグリーンブックにおいて次のように批判されている[7]。
この習慣はやめるべきである. なぜならば, これはあらゆるSI単位を"SI", あらゆるCGS単位を"CGS"と書くようなものだからである.《例》水素分子の結合距離 と解離エネルギー は,
- および と書くべきであって,
- および と書いてはならない.
基本単位
[編集]物理量 | 物理定数 | 記号 | SI単位による値 |
---|---|---|---|
電荷 | 電気素量 | 1.602176634×10−19 C | |
質量 | 電子質量 | 9.1093837015(28)×10−31 kg | |
作用 | ディラック定数 | 1.0545718176462×10−34 J s | |
長さ | ボーア半径 | 5.29177210903(80)×10−11 m | |
エネルギー | ハートリーエネルギー | 4.3597447222071(85)×10−18 J |
組立単位
[編集]物理量 | 組立 | SI単位による値 |
---|---|---|
時間 | 2.4188843265857(47)×10−17 s | |
力 | 8.2387234983(12)×10−8 N | |
速度 | 2.18769126364(33)×106 m/s | |
運動量 | 1.99285191410(30)×10−24 kg m/s | |
電流 | 6.623618237510(13)×10−3 A | |
電荷密度 | 1.08120238457(49)×1012 C/m3 | |
電位 | 27.211386245988(53) V | |
電場 | 5.14220674763(78)×1011 V/m | |
電気双極子 | 8.4783536255(13)×10−30 C m | |
磁束密度 | 2.35051756758(71)×105 T | |
磁気モーメント | 1.85480201566(56)×10−23 J/T | |
誘電率 | 1.11265005545(17)×10−10 F/m |
リュードベリ原子単位系
[編集]リュードベリ原子単位系では、エネルギーの基本単位[疑問点 ]としてリュードベリ(rydberg または Ry)を用いる。1リュードベリは、水素原子のボーアの原子模型において、基底状態の電子軌道がもつ固有エネルギーに等しい[8]。すなわち、
したがって、 である。
脚注
[編集]- ^ a b Hartree (1928)
- ^ a b Gold Book (2nd ed.)
- ^ a b c Radiative Processes in Atomic Physics
- ^ a b c コトバンク
- ^ 第8版SI文書
- ^ H. SHULL; G. G. HALL (14 November 1959). “Atomic Units”. Nature (London: Nature Publishing Group) 184: 1559-1560. doi:10.1038/1841559a0. ISSN 0028-0836. OCLC 01586310.
- ^ a b c 『物理化学で用いられる量・単位・記号』Jeremy G. Frey, Herbert L. Strauss, Sangyo Gijutsu Sogo Kenkyujo Keiryo Hyojun Sogo Senta, Nihon Kagakkai、(社)日本化学会監修、産業技術総合研究所計量標準総合センター訳、講談社サイエンティフィク、2009年、114-117頁。ISBN 978-4-06-154359-1。OCLC 676531484 。
- ^ a b Rickard Armiento (November 2002) (PDF). Subsystem Functionals in Density Functional Theory: towards a new class of exchange-correlation functionals. Stockholm. ISBN 91-7283-416-1. ISSN 0280-316X. OCLC 924550212
- ^ a b CODATA 2018
参考文献
[編集]- D.R. Hartree (1928). “The Wave Mechanics of an Atom with a Non-Coulomb Central Field. Part I. Theory and Methods”. Mathematical Proceedings of the Cambridge Philosophical Society 24 (1): 89-110. doi:10.1017/S0305004100011919.
- V.P. Krainov, H.R. Reiss, B.M. Smirnov (1997). “Appendix I”. Radiative Processes in Atomic Physics. John Wiley and Sons. ISBN 9780471125334
- “atomic units”. Compendium of Chemical Terminology (2nd ed.). doi:10.1351/goldbook.A00504. ISBN 0-9678550-9-8
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- “Non-SI units”. CODATA Internationally recommended 2018 values of the Fundamental Physical Constants. NIST. 2022年4月9日閲覧。
- “国際文書第8版 (2006) 国際単位系(SI)日本語版” (PDF). (独)産業技術総合研究所 計量標準総合センター. 2017年6月30日閲覧。 BIPM原文 (PDF)
- 「原子単位系」『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 / 世界大百科事典 第2版』 。コトバンクより2022年3月19日閲覧。