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ノート:通りゃんせ

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「こわい」について

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「こわい」という言葉が普通に「恐ろしい」と解釈されていることが気になります。方言で「こわい」という言葉には「疲れた」という意味があるのですが、それについては全く関係の無いことなのでしょうか?「こわい」を「疲れた」に置き換えて歌を読んでみても意味は通ると思われるのですが。--Batg 2011年1月23日 (日) 00:57 (UTC)[返信]

「こわいながらも・・・」の件

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私のノートでにのさんが質問されていたのですが、「こわいながらも・・・」の部分が流されていた時期・地方と流されない時期・地方があるようなのですね。私は首都圏在住で該当部分を編集したのですが、にのさんは北東北某県で最後まで流していたそうです。以前ニュースで「こわいながらも 通りゃんせ、では赤信号でこわくても通って戻って良いことになり、安全上問題である。メロディはしかるべきところで切って流すのが適切」などという論調を見かけたことがありまして、その記憶もあって編集したのですが、時期・地方によって違うのであればその旨を執筆したほうが適切かもしれません。--Oddmake 2006年4月7日 (金) 10:41 (UTC)[返信]

Oddmakeさん。ノートへの記載、ありがとうございます。
疑問を呈した人間として。
単純に、メロディの流れる時間の問題だったのかも知れない、とも思っています。地元では、ひととおり流した後、「ここは何処の細道じゃ」まで繰り返して終わっていたように覚えていますので……交通量が少ないからでは、と言われればそこまでですが(汗)。
他の地域はどうだったのか、少々気になっています。-nino 2006年4月8日 (土) 05:52 (UTC)[返信]
三芳野神社の執筆を行っているDelphinidaeと申します。メロディがどこまで流れるかですが、ninoさんのおっしゃるとおり、信号の時間の問題ではないでしょうか。私の地元では、全て流れていたか、途中で切れていたように思います。メロディ自体は全部メモリーに入っていて、各信号の青信号の時間設定で途中できれたり全て流れたりしているのではないでしょうか。--Delphinidae 2006年6月13日 (火) 03:54 (UTC)[返信]
時間の問題ですか…「こわいながらも」の部分が別の単純な音に入れ換えられてたバージョンを聞いたことがあるので、時間設定は関係が深いのでしょうが他の理由もあったと思うのですが。
ともあれ、カットされていないバージョンがあるということは、私が新聞で読んだ社説はきっと筆者の個人的感慨のようなものであって社会的影響をもった重要な意見ではなかったということなのでしょうね。--Oddmake 2006年6月13日 (火) 13:05 (UTC)[返信]

「ピーポーピーポー」の意味が分かりません。救急車のサイレンのような音が信号機から鳴るのですか? 分かりやすい記述をお願いします。 --118.3.224.170 2008年3月13日 (木) 14:14 (UTC)[返信]


2番の歌詞 の件

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現在記載されている「ここは冥府の細道じゃ」と続く2番の歌詞は、楠桂という漫画家が『鬼切丸』という作品の中で創作したものです。御本人にメールで確認を取りました。訂正か注訳をお願いします。--58.138.39.183 2008年10月5日 (日) 11:34 (UTC)[返信]

創作したものなら著作権がある可能性があります。--Sonipa 2009年5月2日 (土) 18:25 (UTC)[返信]
単純に考えれば著作権がありそうですが、疑問もあります。
確認手段が公になった発言等でなく楠氏との個人的なチャンネルのようですが、楠氏は公式には自らの創作であることを認めてらっしゃらないのでしょうか。
もしそうなら、著作権はどうなるのでしょうか。仮に、創作であることを隠して古謡であるかのように発表したのなら、権利放棄によりパブリックドメインになるかもしれません。また、一度PDになったなら、後から取り消すことはできません。
しかし、『鬼切丸』はフィクションなので、その中に現れるものは特に何も言わなくても当然のごとく作者の創作である、という考えもできそうです。
このあたりの著作権法解釈について、また、楠氏がこの歌詞が創作であることについてについてどのようなスタンスを取っておられるのか(肯定しているのか、否定しているのか、あるいはそもそも実際に楠氏の創作なのか)という事実確認について、情報をお持ちの方はいらっしゃらないでしょうか。--Sonipa 2009年8月30日 (日) 05:06 (UTC)[返信]
本筋の話題からは少し外れるのですが、「かえりゃんせ」と呼ばれる歌詞があるようなのですが、これも『2番の歌詞』節で取り上げても良いような気がしております。
ただし、私の力量では出典などの検証可能性や、著作権問題が明らかにできなさそうですので、このノートページにての御紹介に止めておいて、本文への採用(あるいは不採用)に関してはどなたか他の方の手に委ねたいと思います。
ちなみに、このへんに出典に繋がりそうな記述があったのでリンクをはっておきます。(微妙に出典に辿り着けなさそうかな?)
以上、話題の本筋から外れる発言、御容赦くださいませ。--Carbucketty 2009年9月3日 (木) 12:24 (UTC)[返信]
創作であることを隠して古謡であるかのように発表したとしても、明示的に著作権を放棄していなければ、日本の法規及び条約上、無断掲載は著作権侵害となります。ただし、著作権侵害されたことが明示的でなく証明ができないため、公的な手段で証明がでるまで著作権侵害タグは削除すべきと考えます。--rice(kminowa) 2011年10月15日 (土) 17:46 (UTC)[返信]
10年越しかつ著作権云々は横に置く形になりますが、楠桂氏御本人から自分が創作したものであるとの注意がありましたので添付いたします。
https://twitter.com/keikusunoki/status/1463048884582694914
https://twitter.com/keikusunoki/status/1463310081680764929 --116.220.68.197 2021年11月24日 (水) 10:32 (UTC)[返信]

「その他」節を整理しました

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これだけ広く知られている曲だけに、アレンジ曲やパロディーなども山のようにあるでしょうし、映画やテレビ番組、その他で使用されている例も、拾い上げたら数え切れないくらいあるでしょう。そのような例をいちいち書いていたらきりがないし、ほとんど無意味なトリビアの羅列にしかなりません。また、この種のトリビアは、思いついたことを出典もつけずに気軽に加筆される傾向にあります。そこで、出典がついておらず、本項目に記載する意味もないと考えられる事項は除去しました。--Loasa会話2017年1月7日 (土) 05:58 (UTC)[返信]