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ノート:藤織り

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宮本常一『自然と日本人』はどこで参照しているのでしょうか

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参考文献節に「宮本常一『自然と日本人』未来社、2003年、182-187頁、4-624-92443-6」と言う書誌情報がありますが、本文脚注の方には、それを出典としている箇所が見当たりません。本文に参照していないのなら(たとえ藤織りについての記述があっても)本節に書くのは不適切と考えられます。--Loasa会話2019年2月10日 (日) 04:43 (UTC)[返信]

返信  出典=「引用した語句などの出どころである書物。」、参考=「考えや研究の助けになる材料。考えの手がかりにする資料。」、参照=「照らしあわせて確かめたり、比べたりすること。」(「」内引用:『角川必携国語辞典』大野晋・田中章夫編著、株式会社KADOKAWA、2016年刊行14版)。

「出典」は「参照」と同意語ですが、「参考」は似て非なるものです。本稿においてもセクションを明確に分けて区別しています。また、私はいずれの記事も分量的には完成しているように見えても、内容的に完成していると思ったことはありません。良い資料を見つければその都度、全文を読み直して文章を吟味しています。その結果、新たに加筆する余地がなかったとしても、あるいは編集によって以前の出典情報が消えてしまったとしても、その主題の編集のためにその資料が参考にされた事実に変わりはないものと存じます。-漱石の猫会話2019年2月18日 (月) 09:57 (UTC)[返信]

豊田 (1976)についての指摘

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#静岡県にて豊田 (1976)を引いて川根町を挙げていますが(差分)、これは論文の誤りであると見て訂正します。

豊田 (1976)は全国72地域の一覧について、10本の参考文献(論文中5)〜14))と上世屋北設楽郡での聞き取り調査によって作成しています。これらの参考文献(入手できなかった『日本伝統織物集成』を除く)を確認しました。

  • 柳田 (1969)では、『駿河志料』を引いて「駿河國の志太郡東川根村大字梅地あたり」の例を挙げています。
  • 竹折 (1972)は、「榛原郡の川根地方」の例を挙げています。この記述は参考文献中の『静岡県民俗資料緊急調査報告書』の「榛原郡中川根町徳山」の記述とほとんど同じなので、ここを指しているものと考えられます。なお、榛原郡中川根町徳山は昭和の大合併以前の志太郡徳山村堀之内、町村制施行以前の志太郡堀之内村です。また、川根地方は一般的に平成の大合併以前の榛原郡本川根町、中川根町、川根町を指し、昭和の大合併以前は榛原郡と志太郡にまたがっていました。

以上のことから豊田 (1976)の「川根町」は「川根地方」または「本川根町」、「中川根町」の誤植であると考えています。--IXTA9839会話2023年10月22日 (日) 12:43 (UTC)[返信]

『日本伝統織物集成』も復刻で確認しましたが、静岡県の事例無し。参考までに、上講武藤綟󠄁織、世屋藤布、山熊田藤布が取り上げられていました。--IXTA9839会話2024年1月30日 (火) 10:20 (UTC)[返信]

参考文献

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  • 豊田, 幸子「被服構成における素材に関する研究 I ――藤布について――」『名古屋女子大学紀要』第22巻、1976年3月15日、99–107頁、2023年10月22日閲覧 
    • 柳田, 國男『定本柳田國男集』 第十四卷(新装版)、筑摩書房、1969年7月20日、18–19頁。全国書誌番号:73003925 
    • 竹折, 直吉『日本の民俗 静岡』第一法規出版、1972年12月10日、21–25頁。全国書誌番号:73017158 
      • 静岡県教育委員会 編『静岡県民俗資料緊急調査報告書』静岡県教育委員会、1966年3月、130頁。全国書誌番号:55013995