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ノート:相撲

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相撲

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相撲というスポーツと、プロスポーツの大相撲は分けて方がいいのではないでしょうか? (野球プロ野球のように) Baffclan 00:38 2003年9月23日 (UTC)

まったくもって賛成である。私はアマチュア相撲・学生相撲のことをまったく知らないのであるが、その情報が増えることを大いに期待しておる。0null0 01:16 2003年9月23日 (UTC)

画像

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全体図と配置図は大相撲のものですよね。アマチュア相撲の場合は行司さんはいなくて、主審、副審がおかれています。なので両画像はこの項目にはなじまないかと思います。--Yokoyamak 2006年2月10日 (金) 03:51 (UTC)[返信]
とりあえず画像を消してみました。キャプションに大相撲を入れる対応でいいように感じますが、、、。まあ本来なら英語版のような力士が組んでいる写真を掲載したいところなので、冒頭位置から除くことに賛成します。(英語版で使用されているコモンズの写真が使用可能かが気になったので使用していないだけですから、、、。)--toto-tarou 2006年2月11日 (土) 01:07 (UTC)[返信]

はっけよい

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「はっけよい」とは「発気よい」のことと聞いたことがあるが、どうなんでしょう?らりた 2004年9月5日 (日) 14:26 (UTC)[返信]

確かに「発気よい」「発気揚々」が有力のようです。それからこれはあまり信憑性ないかもしれませんが「八卦良い」(神事としての相撲と、大陸伝来の占いが結びついた?)とか聞いたことがあります。相撲の歴史は詳しくはないのですが、本当は大和言葉で、ハッキは音読みですので違うのではないかと夢想しているのですがそれは飽くまでも想像で。--FeZn 2004年9月5日 (日) 14:42 (UTC)[返信]
なるほど、ありがとうございます。それらの諸説が書かれたら良いなと思います。らりた 2004年9月5日 (日) 14:57 (UTC)[返信]
これには諸説色々あって朝鮮語が語源という説もそれなりの根拠と共に挙がることもあります。「発気」の件では「発気よし!」がだんだんなまっていって「よーい」になったというのも聞いたことがあります。これから戦う人間に対して「発気よい!」よりも「発気よし!」の方が語呂も勢いもいいので真実かなーとおもっとります。

手乞

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手乞に「相撲の別名」とあつたので、リダイレクト化の上、コメント内にコピーしたのですが、どう纏めれば良いものか考へあぐねてをります。それに、少し調べてみましたが、「手乞」と云ふのは古武術の一つであり、そこから枝分かれしたものの一つが現在の相撲である、との記述もありました。単純な統合では駄目なやうな気がします。(さうさう、「(武術ではない)」のちやんとした説明が欲しい所です)nnh 2004年11月17日 (水) 04:50 (UTC)[返信]

  • 「手乞」というのは現代武道「骨法」の宗家が言及している中にある記述で、確か一般的には認知されていません。またすもうや世界各地の民族のレスリングなどの格闘技は本来は殺し合いを回避するため(これはおそらく人間が類人猿の時代から本能として引き継いだのでしょう)に素手でおこなう力比べですので、殺し合いの技術の武術とはほとんど関係ありません。(例外的に鎧組討には役立つので、関口流、関口柔心などは相撲の技術を入れているようですが、ごく少数の流派にとどまるものと思われます。)ですが現代日本人には格闘技と武術の違いがわからないようなので記入しました。Izayohi 2004年11月17日 (水) 05:14 (UTC)[返信]

土俵の大きさ

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15尺(4メートル55センチ) では?

お願い

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蛇の目の砂給金相撲という項目が即時削除貼られた状態で立っているのですが、どなたかなんとかできないでしょうか? 面白そうだと思ったので、消される前に統合しようと思ったのですが、フリガナすらわからないので諦めました。どなたか興味があれば、お願いいたします--すぐり 2005年10月20日 (木) 14:47 (UTC)[返信]

蛇の目の砂土俵に統合、給金相撲はまず持ち給金を解説する項目をつくってそちらに統合するのが妥当じゃないでしょうか。ちなみにフリガナはそれぞれ「じゃのめのすな」「きゅうきんずもう」ですね。橋川桂 2005年10月20日 (木) 15:16 (UTC)[返信]

外部リンクの除去について

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利用者:Gyouji-oikaze48会話 / 投稿記録 / 記録さん、ほかIPさんから貼られているリンクが Wikipedia:外部リンクの選び方#掲載すべきでない外部リンク の第4項(編集者自身が所有、管理、または執筆を行っているサイト)に抵触すると判断し、編集にて除去いたしました。--スのG 2008年2月18日 (月) 13:44 (UTC)[返信]

相撲は神事?

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相撲はまず神事であるというのはどうでしょうか?確かにそのような意味づけで行われ、伝えられてきたのは確かですが、例えば子供がつかみ合いの勝負をする場合、往々にして相撲を取りませんか?あるいはカッパが相撲を仕掛ける話など、神事や祭事に関係なくつかみ合いの技の体系として相撲は存在する、という風に私には思えます。ですから、その部分を軽視するわけにはいかないまでも、まず神事で祭事、という書き方には違和感を感じます。その辺、いかがでしょうか。--Ks 2008年6月1日 (日) 05:48 (UTC)[返信]

記事の改稿について

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Keisotyoさんに「順当な手順で作業して欲しい」というもの言いで差し戻されました。皆さま、私の改稿案についてコメントしてください。--Susuka会話2017年8月14日 (月) 03:28 (UTC)[返信]

現行の構成のほうがずっとわかりやすいように思います。冒頭の記述がばっさりと削除されていたことも気になります。歴史の項目が古代エジプトで~から始まり、日本における相撲~となっていますが、相撲は相撲です。海外で類主のものがあるのであれば、「沖縄本島の沖縄角力(シマ)、モンゴルのブフ、中国のシュアイジャオ、朝鮮半島のシルム、トルコのヤールギュレシ、セネガルのラムなど」という記述があるのですからそこに等しく並べそちらの該当ページを充実させれば済む話です。相撲の起源の説明の前に持ってきて、日本における相撲などとする必要はないでしょう。そのような点からも現行のほうが歴史の始まりの観点からも含めて明快でわかりやすく感じます。現行の記述を基に、そこに加筆する形での記事の充実を期待します。失礼します。--Xyy会話2017年8月16日 (水) 23:40 (UTC)[返信]


  • 概念・歴史について。相撲が指すものが、相撲節会が廃れて、興行相撲、大相撲へ移っていった。というあたりを出典を交えて書き直したということが読み取れました。出典なしの現状からの改善なので良いとは思いました。ただ、要約欄に何にも書いていないので意図は伝わりにくいかと思いました。また、概要がほぼ置き去りなので、歴史まで進まないとその辺りがわからないのに、さらに後方に追いやってしまったので、せっかくの改善も効果が薄れてしまっています。冒頭・概要でも説明したほうが理解しやすいかと思いました。
例:例えば「競技相撲」と「祭礼相撲」との分類する見方を先に提示するとか・・・『日常語としての「相撲」概念の形成 : 近代国語辞典にみる語釈の変遷からの考察』NAID 40020475399
  • 歴史について 素手での力比べは古来世界中で行われていました。また、相撲は古来、突く、殴る、蹴るを認められていました。そうなると徒手戦闘は全て類型になりかねません。ようするに切りがないのです。現代相撲においても、レスリング的なものとの差別化は無理だと思います。出典がないない「相撲的な競技」は独自研究として除去でも良かったと思います。--Bellis会話2017年8月19日 (土) 03:26 (UTC)[返信]

神事との関係

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この記事では冒頭に「日本古来の神事や祭りであり、同時に武芸でもあり武道でもある」とあります。 それに対して「本来は無関係であったが、現在の相撲は神事としての性格が不可分である」とやると、これは完全に矛盾します。

私自身は冒頭の文言、つまり相撲は元々が神事だった、というのが正しいとは必ずしも思ってはいません。しかし、今までこんな内容でやってきているのも確かです。ですから、それを完全に覆すのなら出典は是非必要だと思います。その上で、その出典があれば冒頭も書き換えねばなりません。

相撲の今後の課題

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前節の行司家に関する課題と相撲全体の課題が箇条書きで混在しており、しかも簡潔すぎて覚え書きのようです。何に対する課題なのか、課題と考えている主体は誰なのかという説明と出典は最低限必要でしょう。--茂林寺たぬき会話2018年5月27日 (日) 21:12 (UTC)[返信]