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ノート:沖縄戦における集団自決/過去の議論3

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3/11加筆&修正

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3/11加筆&修正

  • 1983年からずっと「日本軍に寄よって集団自決をさせられた」などと教科書には書かれておらず、除去。出典先にも見当たらない文章です。
  • 「集団自決と住民虐殺は表裏一体である。」とする歴史学者たちの主張もあり、「住民殺害」という記述が教科書に載るようになった(この出典が沖縄戦記録・研究の現状と課題 - 林博史)。出典先にそのようなことが書かれていないため、除去。
  • 沖縄県民大会のラストに編集者の意見が書かれていたため、その部分を除去。
  • 沖縄の県議会は「強制」ではなく「関与」の決議をしたのであり、ミスリードをするかのような間違えた記述を「関与」に修正。
  • 「軍の強制を疑問視する立場」の部に、その立場ではない意見が書かれており、対象部分を除去。
  • 「軍の強制を疑問視する立場」の新証言を加筆。

判決が事実の認定かのように執筆されている方がいるようですが、裁判結果と事実は違うことですので、お気持ちはわかりますが重複して書きすぎないようお願いいたします。以上。--Dondokken 2009年3月10日 (火) 16:32 (UTC)

改名提案

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  • 改名を提案させて頂きます。候補については一応集団自決 (第二次世界大戦)集団自決 (沖縄戦)」としましたが、括弧内については強い拘りはありません。本記事を括弧つきのものに改名出来ましたら、括弧無しの集団自決当面、集団自殺にリダイレクトさせるつもりでおります。が、いずれ「集団自決」単体の記事も作成しようと考えております、「集団自決 (沖縄戦)」と「集団自殺」をメインに、関連項目に「マサダ要塞」「アルカディ修道院」などを挙げる、曖昧さ回避記事とする事を提案します(「自殺」と「自決」では意味内容・ニュアンスに違いがあるため)。
  • 提案理由)普通名詞である集団自決をこの記事のみに代表させるのはPOVと考えます。集団自決は第二次世界大戦の太平洋地域においてのみ行われたものではなく、アルカディ修道院での事例にもみられる通り、世界中で類例のあるものです。Template:国際化を使って、この記事を世界化する事をお願いしようかとも思ったのですが、現時点での議論の白熱化の経緯をみていますと、この記事は独立させたままで置いた方が、分量的にも適切かと考えました。--Kliment A.K. 2009年3月25日 (水) 10:42 (UTC)
「集団自決は第二次世界大戦の太平洋地域においてのみ行われたものではない」という趣旨は賛成。集団自殺へのリダイレクトも賛成。ただし本記事の改名先は、私もいろいろ考えたのだが、沖縄戦における住民犠牲とするのが、中立的であり、記事内容の成長も見込めるのではないかと思う。「集団自決という言葉をたとえカギカッコ付きであっても使うべきではない」という主張があるくらいなのだから、「集団自決」を項目名にするのは中立的ではない。--Cave cattum 2009年3月26日 (木) 01:39 (UTC)
  • (反対)「集団自決」という日本語は大田なる研究者が唱え出した言葉であると自身で語ってるようです。集団自殺とはまた違う意味のものと考えます。私の知る限り「集団自決」が一般的な集団的自殺としての普通名詞として辞書に書かれたものを見たことがありません。集団自決とは、集団的な自殺のことではありますが、『第二次大戦時(特に沖縄における)の住民らの集団的自殺』のことを示す用語ではないでしょうか。wikipediaで「集団自決」と検索した者は一般的な「集団的な自殺」を探すために(知りたいために)検索しているでしょうか。間違いなく『第二次大戦時(特に沖縄における)の住民の自殺』について探しているでしょう。それを示す一つのものとしてネットで「集団自決」と検索すると、『第二次大戦時(特に沖縄における)の住民の集団的自殺』ばかりです(すべてと言ってもよいレベル)[1]。集団自決=『第二次大戦時(特に沖縄における)の住民の集団的自殺』のことであり、集団自決が「一般的な集団的な自殺」を指す言葉とは言えません。「集団自決」と検索した時に「一般的な集団的自殺」に移動させることはwikipedia利用者の利便性も阻害するものと考えます。集団自決という用語が一般的な集団的自殺を示す日本語である、という根拠があるならば、意見を変える考えもあります。--Dondokken 2009年3月26日 (木) 15:06 (UTC)
  • コメント
>集団自決という用語が一般的な集団的自殺を示す日本語である、という根拠があるならば、意見を変える考えもあります。
  • コメントCave cattumさんの意見には大体賛成なのですが、「集団自決」を使うな、とまでは私は思いません。ただ、Dondokkenさん仰る利便性を阻害する懸念は御尤もです。従いまして提案内容に若干の変更を加えました。改名がもし成りましたら、括弧無しの「集団自決」は曖昧さ回避ページにするという提案と致します。--Kliment A.K. 2009年3月27日 (金) 02:19 (UTC)
集団自決 (沖縄戦)という記事名には専らテクニカルな理由から反対。これでは「集団自決」という名称の何か完全に異質の事物(例えば酒や食べ物など)の記事名になってしまう。沖縄戦における集団自決なら許容する。--Cave cattum 2009年3月27日 (金) 03:27 (UTC)


色々な事例リンクありがとうございました。しかしそれらは一般的な使い方であるとは思えず、近年になって「集団自決」という用語が有名になり始めて使われたような気もします(私の想像でしかありませんが)。「集団自決」という用語は『鉄の暴風』の太田が作り出した造語とも言われています。

  • 「集団自決」という言葉について説明しておきたい。『鉄の暴風』の取材当時、渡嘉敷島の人たちはこの言葉を知らなかった。彼らがその言葉を口にするのを聞いたことがなかった。それもそのはず「集団自決」という言葉は私が考えてつけたものである。島の人たちは、当時、「玉砕」「玉砕命令」「玉砕場」などと言っていた。(1985年5月11~17日沖縄タイムスでの太田発言)
  • 「集団自決」という言葉は、戦争中から使われていた言葉ではなく、『鉄の暴風』で使用されて以来、使われるようになった。林博史
  • 「自決」とか「集団自決」という言葉は、『鉄の暴風』の筆者・太田良博が沖縄戦史として「集団自決事件」を書く時に、初めて一種の「造語」として使った言葉山崎行太郎

少なくとも、wikipedia利用者は「集団自決」と検索した時、「第二次大戦時(特に沖縄における)集団的自殺」の検索をしていることは明らかだと思われ、Kliment.A.K.氏の「曖昧さ回避ページ」の提案が『「集団自決」検索』→『曖昧さ回避ページ』→『「集団自決(沖縄戦)」ページ』という流れになるならば、賛成いたします。もしくは、この記事の冒頭に、『集団自決とは広義では集団的な自害のことであり、狭義では沖縄戦など太平洋戦争での民間人の集団的自殺行為のことである。本項では「狭義の集団自決」について述べる。広義の集団自決は「集団自殺」を参照のこと』などと記載しておくことも良いかと思います。--Dondokken 2009年3月27日 (金) 14:44 (UTC)

  • コメントまず、現時点で(まだ時間が経っていませんので「合意が形成された」などと申すつもりはありませんのでご安心下さい^^;)、反対されていないのは以下の項目と考えて宜しいでしょうか。
    • 括弧無し・修飾語無しの「集団自決」はDondokkenさん仰るような説明・誘導を伴う曖昧さ回避ページとする
    • 当ページは改名する
  • そして、現時点で意見が分かれて居るのは「当ページの具体的な記事名」と理解して宜しいでしょうか。現時点で出されているのは以下の項目名ですね。
  1. 集団自決 (沖縄戦)
  2. 沖縄戦における住民犠牲
  3. 沖縄戦における集団自決
  • 私自身は当記事の改名先としてはいずれでも構わないと思っております。括弧無し・修飾語無しの「集団自決」が、普通名詞としての説明を伴う曖昧さ回避記事になる事が私の主目的ですので…
  • 余談ですが、確か「風の谷のナウシカ」の原作コミック版第3巻で、クロトワの台詞として「一体何があったんだ、集団自決か…?」という台詞があったかと記憶しております(今、手許にその漫画が御座いませんので確証は無いのが申し訳ないのですが…)。これも事例として提示させて頂きます。--Kliment A.K. 2009年3月27日 (金) 15:07 (UTC)

私としては「集団自決」と検索した時に、こちらではない他の記事へ直接に飛んでしまうことだけは反対です(読者の目的と違う記事へ飛んでいる可能性が高いため)。曖昧さ回避のページをつくることには反対しません。また、上記に上がっている記事名は、「沖縄戦における住民犠牲」以外ならばどれでも良いと思っています。戦後、この件の論議が始まってからずっと「集団自決」と呼ばれている件ですので、その用語が含まれていない記事名では読者も混乱する可能性がありますし、「沖縄戦における住民犠牲」となると、より範囲が広がりすぎて、ただでさえ長文な記事が、さらに長文になってしまうため、反対します。--Dondokken 2009年3月27日 (金) 15:30 (UTC)

途中からで申しわけありませんが、移動には反対します。特定の歴史的事件を指す言葉が、別の似た事件を指すのに転用されるのはごくありふれたことです。これを曖昧さ回避(あるいはリダイレクト)にするということになれば、たとえばホロコースト冷戦ルネサンス産業革命宗教改革世界恐慌なども同様の措置が必要になります。もちろん一方では、世界大戦のように、意味が広がった結果、単に世界大戦といっただけでは1914年に始まったあの戦争を意味しなくなった言葉もあります。しかし、集団自決という言葉の使用状況は、ホロコーストなどのほうに近いでしょう。記事集団自決はあくまで沖縄の集団自決を主体にした記事とし、他の「いわゆる集団自決」は、扱うとしても付帯的な話題として扱うべきと思います。
(仮に移動するとしても)特に、集団自決を曖昧さ回避にすることは強く反対します。Kliment A.K.さんが挙げられた他の「集団自決」は、沖縄の事件と同類の事件だからそれに倣って集団自決と呼ばれているのであって、別のものがたまたま同じ名称になった、あるいは別ジャンルのもの(たとえば商品名)に名前が転用された、といったものではありません。世界大戦のように、集団自決全体についての記事を書くべきと思います。--Hisayama 2009年3月28日 (土) 21:26 (UTC)
Hisayamaさんの御意見について、全部の最重要の論拠となっている以下の一文につき異議を申し上げます。
>沖縄の事件と同類の事件だからそれに倣って集団自決と呼ばれている
そうでしょうか?事例として「白虎隊・集団自決の検索結果を挙げますが、白虎隊の事例は沖縄とは関係なく用語が選択されていると思うのですが…。白虎隊の飯盛山での切腹は沖縄の集団自決とは類似性の度合いは低いですし。--Kliment A.K. 2009年3月29日 (日) 15:01 (UTC)
曖昧な言葉遣いで混乱させたかもしれませんが、私には、白虎隊の集団自決は沖縄の集団自決と同類の事件に思えます。少なくとも、単に文字通りの「集団が自から決定する」というよりずっと多くの共通点があります。このような用法が偶然の一致とするのは無理があります。それとも、「白虎隊の切腹が集団自決と名づけられた経緯」のような資料があるのでしょうか。--Hisayama 2009年3月29日 (日) 17:03 (UTC)
>このような用法が偶然の一致とするのは無理があります。
別に「偶然の一致」と申して居るのではなく、「術語としての一般性・語義の普遍性」を示すために挙げた事例なのですが。--Kliment A.K. 2009年3月29日 (日) 17:08 (UTC)

で、結局どうしますか?このままにしておくのか、回避バージョンにするのか。いつまでも改名提案のテンプレ張りっぱなしもどうかと思うのですが。--Dondokken 2009年3月31日 (火) 12:02 (UTC)

Hisayamaさんの御返事を待っているところです。ただHisayamaさんも、「(仮に移動するとしても)(中略)世界大戦のように、集団自決全体についての記事を書くべきと思います。」と仰っておいでなので、集団自決についての一般論的な記事を作り、これを個別の事件への誘導的な記事内容とする事には最低限の合意が出来上がりつつあるのでは、と見ております。
ただ、時間をかけようとは思っております。元々熱くなり易い領域ですから、早急に合意が形成出来るとは考えておりません。--Kliment A.K. 2009年3月31日 (火) 14:49 (UTC)
「術語としての一般性・語義の普遍性」というのがそのレベルなら改名は不要だという意見を述べたと思います。先に述べたホロコースト等を超える、世界大戦等に匹敵する一般性を示していただきたく思います。(あるいは、今後ホロコースト等も改名提案を予定しているということなら話は変わってきますが)--Hisayama 2009年4月5日 (日) 13:06 (UTC)
>そのレベルなら改名は不要だという意見を述べた
>先に述べたホロコースト等を超える、世界大戦等に匹敵する一般性を示していただきたく思います。
文意がよく分りません…。「ホロコースト」や「世界大戦」は「一般的に用いられている用例」は殆ど皆無です(そもそも私は「ホロコースト」「世界大戦」に係る主張をしておりません)。
「ホロコースト」は固有名詞に近い。また「世界大戦」は普通名詞たりえますが、そもそも世界的な大戦というのが(今のところ)2回に限定されている以上、これも普通名詞というよりは固有名詞です。
しかし「集団自決」は全く違いまして、普通名詞としての用例が既に様々ある訳です。なぜ本件を「ホロコースト」や「世界大戦」などと同列に論じておいでなのか、全く分りません。「集団自決と言えば沖縄」というのは、沖縄だけを特別視するPOVでは?日本人・沖縄人としての心情は理解出来なくも無いですが、世界の事象・事物を扱う百科事典において、普通名詞を特定の日本の事件のみを指す言葉として用いるのは不適切です。--Kliment A.K. 2009年4月5日 (日) 17:04 (UTC)
あまり話を混乱させたくないんで、余計なことは言いたくはなかったのですが、Hisayama氏の意見はもっともだなと思っています。英語holocaustは本来「大惨害、大破壊、全滅」などの意であり、大量虐殺に限ったものでもありません。ホロコーストはアイリスチャンの有名な著書『ザ・レイプ・オブ・南京――第2次大戦の忘れられたホロコースト』でも使われており、ナチスに限られるものでもありません。しかしそれは希な例であり、確かに一般的には「ナチス」が犯したそれを指すような固有名詞としての使われ方をしていると思います(その出典はないが)。「集団自決」と同じことだと思いますがね。こちらを曖昧さ回避にするならばホロコーストも当然必要でしょう。--Dondokken 2009年4月7日 (火) 21:53 (UTC)
疑問なのですが、「ホロコーストと言えばユダヤ人虐殺」というのは大方の賛同を得られると思います。さて、「集団自決と言えば沖縄」という図式は成立するのでしょうか?『風の谷のナウシカ』を読んでいた時には全くそんな事は感じなかったのですが。
ちなみに大虐殺についてはより一般的な「ジェノサイド」があります。真偽の議論は別として、南京虐殺ホロドモール等についても「ジェノサイド」「大虐殺」など、より一般的な言葉で言い表す事が可能です。「ホロコースト」は「集団自決」のように、他に代替の無い言葉ではありません。
他方、「集団自決」は代替がありません。「集団自殺」ではダメなのです。「自殺」と「自決」は使われ方が違いますから。例えば戊辰戦争での白虎隊20人の切腹については、「自決」とは言いますが「自殺」とは言いません。やむをえずアルカディ修道院の事例ではリンクを貼りましたが、これがきっかけになってこちらの改善要求を出しています。「集団自決」という他に代替の無い普通名詞を沖縄の専売特許にするのは、NPOV違反でしょう。--Kliment A.K. 2009年4月8日 (水) 01:23 (UTC)
そのまま逆に同じことが言えてしまうと思うのですが・・・。つまり、
『疑問なのですが、「集団自決と言えば沖縄戦での住民自決」というのは大方の賛同を得られると思います。さて、「ホロコーストと言えばナチ」という図式は成立するのでしょうか?英語におけるholocaustという単語の意味、また『レイプオブ南京』を読んでいた時には全くそんな事は感じなかったのですが。』 とも言えてしまいます。
また、『「集団自決」は他に代替のない言葉で、集団自殺ではだめ』との意見のようで例として白虎隊を挙げられておりますが、白虎隊20人の切腹は「集団的な切腹」と言い替えることができますし、「集団自殺」と表現する者もいるようです(作家塚本邦雄と寺山修司の対談、及び巷での白虎隊の話題において[2][3])。このように「集団自殺」という用語で語られている現状がある中で「集団自決」は他の用語で「言い換えられない」「他に代替がない」というのはいかがなものでしょう。そもそも沖縄戦のことについても集団自決ではなく、集団自殺という人はいますし。
つまり「ホロコースト」も「集団自決」も使用が限られた用語などではなく、言い替えることのできる言葉はいくらでもあり、集団自決」を改名・曖昧さ回避をするならば「ホロコースト」をはじめとしたところも必要ですよね、という当たり前の意見を申したまでであり、「集団自決」のみに拘っておられるお姿に疑問を感じた次第です。--Dondokken 2009年4月8日 (水) 02:26 (UTC)
こちらを曖昧さ回避にするならばホロコーストも当然必要でしょうと主張されるのであれば、止めませんから、どうぞノート:ホロコーストで改名を提案してください。ここでの議論とは関係のない話です。--Cave cattum 2009年4月8日 (水) 01:33 (UTC)
Dondokkenさん
「集団自殺」という用語で語られている現状がある中で「集団自決」は他の用語で「言い換えられない」「他に代替がない」というのはいかがなものでしょう。
「『自殺』と『自決』はニュアンスが違う」と何度も申しております。「自殺」というネガティブな言葉を使う事を避けない人は、使うでしょうね。読んでいらっしゃるのでしょうか。
もう一度申しますが「集団」も「自決」も日本語の普通名詞であり、「集団自決」も普通名詞です。
「集団自決」のみに拘っておられるお姿に疑問を感じた
記事『アルカディ修道院』がきっかけだと既に申しております。もう一度申しますがちゃんと読んでいらっしゃいますか?読みもしないで疑問ばかりぶつけてこられても当方としては当惑するばかりです。他に何の意図も動機もありません。「アルカディ修道院」の記事作成日時と照らし合わせても明らかでしょう。--Kliment A.K. 2009年4月8日 (水) 10:31 (UTC)
Cave cattumさん、同感です。--Kliment A.K. 2009年4月8日 (水) 10:31 (UTC)
>「集団」も「自決」も日本語の普通名詞であり、「集団自決」も普通名詞です。
えっと、それを否定したのではなく、「ホロコースト」は辞書を見れば一目瞭然ですが固有名詞ではなく普通名詞であり、「集団自決」も普通名詞であり、そして両者ともに代替する名詞は他にもあり、実際に白虎隊についても「集団自殺」の名詞を使っている方々がいることを証明したまでです。ニュアンスが違うと仰いますが、例えば白虎隊(or沖縄戦)には自決のニュアンスがあっていて自殺のニュアンスはあっていない!と感じるのは個々の感覚によって違うものですから、どちらが正しいニュアンスなのかの判断は難しいところだと思いますよ。
私は「ホロコースト」といえば、ナチの行為が一般的な用法だと思いますし、「集団自決」と言えば沖縄戦のそれを指すことが一般的だろうという感覚を持っているので、現状の記事名のままで良いと基本的には思っておりますが、「普通名詞だから」との理由で改名&回避したいのならば、それも納得の行く提案であり、条件付で同意しますが、ホロコースト等の改名もご自身の主張に矛盾が生じないように行動していただけたら、説得力のある筋の通った提案だったのになぁ、と思った次第です。--Dondokken 2009年4月8日 (水) 12:35 (UTC)
>ホロコースト等の改名もご自身の主張に矛盾が生じないように行動していただけたら、説得力のある筋の通った提案だったのになぁ
意味不明です。「普通名詞が固有名詞であるかのような事例・事件名」全てについて私が責任を持たなければならないのですか?そもそも何度も申しますが記事:アルカディ修道院が今回の改名提案の動機・きっかけなのであり、アルカディ修道院の事例がホロコーストとは通例されない以上、ホロコーストについての私の動機が低いのは当然です。ちなみにホロコーストについて改名提案が出されても、私は反対しません(感覚的に集団自決よりは固有名詞性が強いと思いますので賛成はしませんが)。--Kliment A.K. 2009年4月8日 (水) 13:51 (UTC)
Wikipedia‐ノート:ウィキプロジェクト 歴史Wikipedia‐ノート:ウィキプロジェクト 太平洋戦争Portal‐ノート:歴史認識と戦後処理に、議論への参加を呼びかけさせて頂きました。--Kliment A.K. 2009年4月5日 (日) 17:22 (UTC)
コメント 誰が提唱してどのような意味であるにせよ、人口に膾炙した挙句に意味が変質し一般名詞化した言葉というのは世の中に数多くあります(和製英語はその典型です)。さて、「集団自決」が一般名詞化しているかどうかですが、Kliment A.Kさんが(Wikipedia:検証可能性に従って)事例を挙げられているので、検証はされたものと考えてよいでしょう。 次に、原義の集団自決と、一般名詞の集団自決で名前が重複しているため、Wikipedia:曖昧さ回避の方針にのっとり、「平等な曖昧さ回避」と「代表的なトピックを中心とする曖昧さ回避」のどちらにするかが問題になります。そしてこの場合、Wikipedia:曖昧さ回避#どの曖昧さ回避を使うべきかの、『どれを代表的なトピックにすべきか参加者間で対立がある場合には、「平等な曖昧さ回避」を使用するべきでしょう。』に該当すると言えるでしょう。したがいまして、「集団自決」は曖昧さ回避ページとするのが妥当だろうと考えます。--Kurz 2009年4月7日 (火) 03:19 (UTC)
コメント「集団自決」が一般名詞化しているかどうかについてはKliment A.K氏の出典明記により証明完了。私が主張する沖縄戦における住民犠牲については今回どうしてもというわけではない。集団自決 (沖縄戦)は既に述べている通りテクニカルな理由により不可。沖縄戦における集団自決で良いでしょう。--Cave cattum 2009年4月7日 (火) 08:42 (UTC)
コメントKurzさん、Cave cattumさんに賛成です。「沖縄戦における集団自決」という項目名案にも異議ありません。--Kliment A.K. 2009年4月8日 (水) 01:23 (UTC)
コメント曖昧さ回避のページをつくるとして、具体的にどのように記載するのかの提案が欲しいところです。--Dondokken 2009年4月9日 (木) 09:47 (UTC)
コメントDondokkenさんに確認なのですが、「集団自決」の「曖昧さ回避化」には賛成に転じられたという事で宜しいですか?折角鋭意ページ案作っても、「やっぱり駄目だ」というのでは労力が無駄になりますので…--Kliment A.K. 2009年4月9日 (木) 15:19 (UTC)
私の結論は既にこの時点で申しております[4]。よくお読みになってください。--Dondokken 2009年4月9日 (木) 17:06 (UTC)
それにしては随分反対色が強く出ていらっしゃいましたので、念の為伺いました。
案につきましては用意しております、もう少しお待ち下さい。--Kliment A.K. 2009年4月10日 (金) 05:53 (UTC)

改名後の曖昧さ回避ページ「集団自決」具体案

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以下に案を示します。ちなみに沖縄の集団自決を題材にしたフィクションについては私よりも沢山御存知の方々がこちらにおいででしょうから、皆様による加筆を待ちたいと思います。--Kliment A.K. 2009年4月10日 (金) 06:43 (UTC)

コメント下記の具体案に賛同を表明しておきます。(追記)ただこうなると集団自殺との差がわかりにいくいのですが、このままにしておくべきなのでしょうか?--Dondokken 2009年4月10日 (金) 08:02 (UTC)
強く「このままにしておくべき」とは思いませんが、「止むを得ず、集団自決と集団自殺の二本立てにしておくしかない」というのが小生の考えです。「集団」がつく以前に、「自殺と自決は違うのか」また「仮に違うとしてどのように違うのか」というのは、それだけで議論百出する問題のようです。検索結果:"自決と自殺の違い""自殺と自決の違い"にも見られる通り、こうした検索対象を文章化して限定したものですらこのように検索結果が出て来る、微妙な問題なのですね。
一応、小生の感覚としては「何らかの公的な動機が伴っている自殺は(それが自発的なものか被強制的なものかはここでは問いません)自決と呼びうるが、私的な死への願望の実現としての自殺は自決とは呼びえない」と思っており、用例も恐らく合致すると考えております。つまり自決の方がより狭義です。ただ、辞書などの出典が現時点では残念ながら見付かっておりません(案外数日後にあっさり見付かるかもしれませんが)。
同様の問題は既に5年前(!)に、ノート:集団自殺でも論じられていたようです。無理に結論を出そうとして新たな議論を紛糾させるよりは、当面、集団自殺と集団自決の二本立てにするのが、記事構成の方法論としてはリーズナブルではないでしょうか。その意味では、以下の冒頭文「~議論の対象となる事が多い」の後に、
集団自殺」とはニュアンスが異なると考える者もいるが、同じだと考える者もいる。
といった文章を付加するのも一つの方法かもしれません。--Kliment A.K. 2009年4月10日 (金) 16:19 (UTC)
自決とは、大辞林には「主義主張を貫いたり責任をとるため自殺すること」[5]とありますね。この辺が普通の自殺との違いで確かに狭義の自殺と言えそうですね。とても難しそうなんで、とりあえず二本立て状態にしておくことに同意します。--Dondokken 2009年4月10日 (金) 21:37 (UTC)
大辞泉しか見ておりませんでした…大辞林には違いが明快に書かれている訳ですね。取り敢えず、以下のように脚注を設けるなどして案を修正しました。このような形で如何でしょうか?--Kliment A.K. 2009年4月11日 (土) 02:53 (UTC)
良いと思います。--Dondokken 2009年4月12日 (日) 06:10 (UTC)
同意をありがとうございます。5日間ほど他に異論が出て来なければ、改名を実行させて頂こうと思います。--Kliment A.K. 2009年4月12日 (日) 10:32 (UTC)
編集はお任せします。ガイアナ人民寺院のように、集団自殺とも集団自決とも呼べそうな事例もあるので、集団自殺と集団自決とを区別することはあまり賛成できませんが、仕方ありませんね。--Cave cattum 2009年4月15日 (水) 05:05 (UTC)
この草稿は、曖昧さ回避ページというより「集団自決の一覧記事」ではないでしょうか。そのことは問題なく、(2009年3月28日 (土) 21:26 に述べたとおり)むしろ好ましいです。ただ、{{aimai}} テンプレートを貼るべきではないでしょう。--Hisayama 2009年4月15日 (水) 09:26 (UTC)
(補足)Kliment A.K.さん等の主張どおり、集団自決が「ある種の事件を総称する普通名詞」ならば、集団自決は「集団自決についての記事」になるべきです。集団自決を曖昧さ回避ページにすべきなのは、集団自決が「沖縄の事件を称す固有名詞」であり、また「アルカディ修道院の事件を称す固有名詞」でもあり(以下略)、という状態ですが、そのような意見は出ていないと思います。--Hisayama 2009年4月15日 (水) 09:53 (UTC)
一両日中に他に反対意見が出なければ、取り敢えず当記事の改名については合意が得られたものと判断して当記事を改名し、「集団自決」については具体案どおりに作成させて頂きます。但し曖昧さ回避テンプレートを貼り付けて曖昧さ回避にするかどうかについては、議論告知テンプレを貼り付け、議論を継続しようと考えております。--Kliment A.K. 2009年4月19日 (日) 16:48 (UTC)

改名確認しました。お疲れです。--Dondokken 2009年4月24日 (金) 13:31 (UTC)

具体案

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集団自決(しゅうだんじけつ)とは人が集団で自決を行う事。日本では沖縄戦における集団自決が議論の対象となる事が多い。

集団自殺とはニュアンスが異なる[1]

具体案修正--Kliment A.K. 2009年4月11日 (土) 02:53 (UTC)

==歴史上の事件の諸例==

===第二次世界大戦における諸例(戦後すぐを含む)===
第二次世界大戦における諸例。

=='''史実を元にしたフィクション==

--Kliment A.K. 2009年4月10日 (金) 06:43 (UTC)

==脚注==

  1. ^ 辞書によっては自殺と自決で違う語義説明をしている。出典:大辞林『自殺』大辞林『自決』

具体案修正--Kliment A.K. 2009年4月11日 (土) 02:53 (UTC)

見辛いので節を分けさせていただきました。--Hisayama 2009年4月15日 (水) 09:28 (UTC)

改名につき報告・新しい議論への誘導

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