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ノート:柴田勝家

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肖像画像について

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履歴を見るとわかりますが、この項では何度も画像追加→削除が繰り返されています。削除の理由は画像のファイル名のようですが、問題のない状態で画像を追加する方法はあるのでしょうか? もしあるのであれば、問題のない状態で追加しておけば、追加・削除の繰り返しは避けられます。 もしないのであれば「この画像は問題があるので追加しないでください」と注意しておいたほうがいいようにも思います。 同じことで何度も手間をかけるのも馬鹿馬鹿しいですから。 --Horlicks 2006年8月10日 (木) 02:44 (UTC)[返信]

話を横にそらせてしまって大変恐縮ですが、折角なので言わせてください。あの肖像似顔絵画像の問題点は、ファイル名の不適切さもそうですが、画像自体の資料性の低さにもあるのではないでしょうか(同様の問題は蒲生氏郷でも発生していましたね)。おそらくあの似顔絵画像は、柴田勝次郎氏所蔵で福井市立郷土歴史博物館に寄託されている肖像画(参考:福井県文書館サイト内ページ)を模して作られたのだと推測します。この肖像画を掲載するのであれば、百科事典の求める資料性をある程度満たすでしょうが、例の似顔絵画像をわざわざ掲載する必要性は奈辺にありや(読者へ妙なイメージを与えかねず、むしろ有害というべきなのではないか)、ということも気になります。そもそも元となった肖像画自体が大名の肖像としては結構異質ですので、元の肖像画の作成経緯なり来歴なり、そこから導き出される肖像画の資料性なども検討した方が良さそうです。とりあえず自分は、資料性が著しく低いことと読者への有害性を理由として、例の似顔絵画像の掲載に反対しておきます。--shimoxx 2006年8月10日 (木) 16:06 (UTC)[返信]
なるほど、確かにそうですね。私も前から考えていたことなのですが、著作権の問題なしに歴史人物の肖像画を掲載しようと思ったら、自分で所蔵者に申し込んで撮影したものでないといけないかな、と。もともとの肖像画じたいは画家が没後50年以上は経過しているでしょうから原著作権は消滅しているとして、それをだれかが撮影したものを転載すると、撮影者の著作権に引っかかるのでは、と思うわけですね。そうなると、歴史人物の肖像画というのは、掲載するのがかなり難しいですね。そのへんが一般的な印刷物の百科事典と比較して、残念に思うところですが、こればかりは仕方ありませんね。何か代わりのいい方法があったらいいなと思います。--Horlicks 2006年8月11日 (金) 08:28 (UTC)[返信]
肖像画に関しては、肖像権と共にリンク先の所蔵者の権利も絡んできます。リンク元の許諾の問題を解決する必要があるでしょう。似顔絵に関してはWiki上でも議論が様々にあり、掲載については一概に否定することは出来ないように思います。どのように問題があるのか具体的に示すことも必要でしょう。2006年8月11日 (金) 11:04 (UTC)以上の署名の無いコメントは、IP:220.210.124.225(会話/whois)氏が[2006年8月11日 (金) 11:04 (UTC)]に投稿したものです(shimoxxによる付記)[返信]
ウィキペディアのテキストや画像はGNU Free Documentation Licenseで保護されています。その記事が同じか同等のライセンスで保護されていたり、パブリック・ドメインだったりするのでない限り、ウィキペディアで使うことはできません。したがって、あなたはその著作権保持者にGFDLでライセンス可能か問い合わせる必要があります。2006年8月11日 (金) 11:38 (UTC)以上の署名の無いコメントは、IP:220.210.124.225(会話/whois)氏が[2006年8月11日 (金) 11:56 (UTC)]に投稿したものです(shimoxxによる付記)[返信]

IP220.220.108.172さんによる悪戯を戻しておきました。後は個人ブロック依頼で対処しましょう。スタスタ坊主 2006年8月11日 (金) 11:29 (UTC)[返信]

ここで問題点を整理しておきます。本来なら歴史的な肖像を掲載することが、百科事典として望ましいことは、言うまでもありません。もちろん、肖像にもいろいろあって、数ある肖像の中から百科事典に掲載すべき資料性の高い肖像を選び、百科事典へ載せることに越したことはないです。肖像画を掲載する際には、著作権等々の問題をクリアしておくために、必要の範囲において所蔵者なり撮影者の許諾を得ておく必要があります。以上のような対応が困難な場合、代替の画像を掲載することもやむを得ません。ただし、ある水準を満たした資料性の高い画像であることが求められます。なぜなら、ある水準を満たさない画像を掲載してしまうと百科事典の読者に誤った観念を与えることになりかねないからです。百科事典に掲載する画像としてふさわしいものであれば問題はないし、そうでなければ掲載すべきではない、ということになります。

上記の議論を柴田勝家に敷衍してみますと、仮に柴田勝次郎氏所蔵の肖像を掲載した場合、その肖像が百科事典への掲載に適するのか、他にもっと適した肖像はないのか、検討する必要があります。その上で、掲載に適すると判断された場合、次は所蔵者・撮影者なりの許諾を得る作業が必要となります。以上において何らかの困難性が生じた場合は、肖像を載せないか、代替の画像を載せることを検討することになります。代替の画像があった場合、その画像が百科事典の資料たる水準をクリアしているか、検討しなければなりません。現にImage:柴田勝家.JPGという画像が存在しておりますが、原肖像の持つ雰囲気・テイストを継承しているようには見えず、かなり異なった色彩が施されており、写実性も極めて低く、折角の画像ではあるのですが、客観的に判断しまして資料性が低いと判断せざるを得ません。やはりImage:柴田勝家.JPGは、読者に誤った観念を与えかねない有害性の高い画像であることから、項目柴田勝家に掲載することは著しく妥当性を欠く、と結論づけることとなります。220.220.108.172さんの処置につきましても、(理由はどうあれ)悪戯と呼ぶべきものではないことも以上から明らかです。

歴史的人物の画像を自作して掲載することは、それは有意義なことではあるのですけれど、一定の水準を満たした画像(言うなれば安田靫彦前田青邨レベル)でない限り、ウィキペディアへの掲載について、合意は得られないだろうと思料いたします。歴史的な肖像が得られるのであればウィキペディアに掲載し、そうでなければ無理に画像を掲載する必要もないですし、むしろそうすべきでない、ということを指摘しておきます。--shimoxx 2006年8月11日 (金) 17:01 (UTC)[返信]

議論中といいながら一方的な削除を繰り返す態度は何ですか?スタスタ坊主 2006年8月12日 (土) 07:54 (UTC)[返信]

すみませんが、私はImage:柴田勝家.JPGを掲載すべきでない相応の理由を示しております。その上で画像を(削除でなく)消去しました。しっかりと手順を踏んでおります。スタスタ坊主さんにおかれては、あの画像を百科事典たるウィキペディアに掲載すべき理由をご提示ください。--shimoxx 2006年8月12日 (土) 09:07 (UTC)[返信]

Wikipedia:削除依頼/画像:!!!Hujiwaraseika.jpgのように似顔絵に関する意見は様々でかつ議論に決着は付いていません。管理者Sphlさまの判断でも議論に決着はついていないということです。本件に関しましては写実性も極めててい高く、客観的に判断しまして資料性が高いと判断いたしましたので掲載が適当と判断します。スタスタ坊主 2006年8月12日 (土) 09:20 (UTC)[返信]

Wikipedia:削除依頼/画像:!!!Hujiwaraseika.jpgでの議論は、当該画像をウィキペディア上から削除すべきかが論点となっていたのであり、現在ここで議論となっているImage:柴田勝家.JPG柴田勝家に掲載することが適当かという論点とは、位相が全く異なります。Image:柴田勝家.JPG似顔絵に掲載することは問題がないでしょうが、柴田勝家に掲載することは妥当とはいえないでしょう。スタスタ坊主さんは「写実性も極めて高く、客観的に判断しまして資料性が高い」とおっしゃってますが、同意しかねます。写実性に乏しく、原肖像との差異も著しく、資料性はほぼ皆無と言わざるを得ません。「Image:柴田勝家.JPGは写実性が極めて高い」と個人的な感想を持たれることは結構ですが、百科事典に求められる水準をクリアしているものでないことを、どうぞご理解ください。--shimoxx 2006年8月12日 (土) 10:37 (UTC)[返信]
Wikipedia:削除依頼/画像:!!!Hujiwaraseika.jpgでの議論は当該の画像に関するだけでなく、似顔絵の利用の是非について延引して論じていることは読んでいただければ分かると思いますが。 Shimoxxさんは自身のお感じ方という価値レベルにおいて掲載の是非を述べられ私も拝見いたしました。残念ながらご意見に同調は出来ません。「理由を提示せよ」とのShimoxxさんのご要望に対して当方も誠意を以ってお応え致しました。従いましてウィキの投稿者として再掲載の権利を折を見て行使させていただきたいと思います。最削除も構いませんがどうぞ常に記事に注視なさってください。スタスタ坊主 2006年8月12日 (土) 13:15 (UTC)[返信]
議論の続きはWikipedia:井戸端/写真とイラストに移っているようです。議論は停滞していますが。また写実性に関しては主観が多少入るので擱くとして(私は写実性も低いと感じますが)、資料性があるということの根拠は何でしょうか? 高名な画家やイラストレーターが描いたわけではない(少なくともそうは示されていない)いち似顔絵に資料的価値があるとは思えませんが。--Calvero 2006年8月12日 (土) 13:27 (UTC)[返信]
「資料性はすごくある」とは言えないと思いますが、元となっている絵があるらしい以上「資料性はまったくない」とは言えないと思います(元の絵の信憑性はわかりませんが)。私としては、法を犯すなどの問題がないのであれば、Wikipedia上から情報量が減る方向での修正は芳しくないのではないかと思います。Wikipedia:中立的な観点#この方針の言い換え:事実、様々な意見に関する事実も含めた事実を書け――だが意見は書くなWikipedia:中立的な観点#ひとつの帰結:敵のために書くなどを鑑みて、「この絵はAの理由によりBを元にして模写により作成した画像である。ただしCの立場に立つ人は、Dの理由により資料性に疑いを持っている。元となっている絵に関しても、Eの立場の人はFの理由によりGと考えている。」などと表現を工夫して掲載できないものでしょうか。Sutou 2006年8月12日 (土) 14:55 (UTC)[返信]

いずれにしても、追加と削除の綱引きを繰り返すのは不毛ですので、それだけは止めませんか?結論なり合意なりができるまでは保留にしたほうがいいと思います。--Horlicks 2006年8月12日 (土) 14:59 (UTC)[返信]

ノートで議論の結論出ないままで、似顔絵を強行掲載した上で保護依頼という、スタスタ坊主氏の行動に強い疑問を感じます。--Lotitube233 2006年8月13日 (日) 16:38 (UTC)[返信]

Image:柴田勝家.JPG柴田勝家に掲載しない方が良いと考えた理由をもう一度説明し直します。これはひとえに価値レベルの話です。仮に柴田勝家本文に非常に稚拙な書き込みがあったと想像してみましょう。その内容に価値があれば百科事典らしい表現に修正し、特に無内容であれば除去するのが通常の対応であろうと思います。今回、柴田勝家に稚拙な似顔絵画像が掲載されていました。ご異論もおありかも知れませんが、通常の価値観であれば稚拙と感じるレベルの画像と言って良いと思います。この場合、似顔絵画像を書き直すか、項目から消去しておくかするのが通常の対応であるように思われました。再度画像を掲載するのは、元肖像の来歴を調べてその歴史的価値を計り、他により適切な画像がないか調査し、また元肖像をウィキペディアへ登録することの可否を確認した後からでも十分間に合うことです。もし元肖像が登録不可の場合でも、既にある似顔絵画像を百科事典らしい画像へ修正し、その上で掲載すれば十分大丈夫な訳ですし。
ただ、稚拙に見える似顔絵画像ですけれども、スタスタ坊主さんは別の印象を強くお持ちな訳ですよね。となると、議論の接点を見出すことは、おそらく非常に困難なことになるだろうと推測されます。そこで、当方としましては、とりあえず当面、当該似顔絵画像への強い懸念を表明するだけにとどめておきます。編集合戦は全く望むところでございません。ただ当方の考え・価値観を理解しておいていただきたいだけです。
それとあともう一点。Lotitube233さんも言及なさってますけれども、(たとい誠意あるご回答をなされたと雖も)当該画像を御一存で掲載した上に保護依頼というご挙動ぶりには聊か唖然としたと申しますか、非常に残念な思いがいたしました。今後お気を付け願えれば幸せます。--shimoxx 2006年8月16日 (水) 17:44 (UTC)[返信]

wikipediaとは百科事典ですから、掲載される図も資料として価値のあるものであるべきです。これは個人が(少なくとも名の知れたプロではない)書いた絵であり、はっきり申し上げまして資料としては子供の落書きと同じレベルの価値しかないと思います。そもそも、柴田勝家肖像は、これの元になった柴田勝次郎氏所蔵の肖像、あるいは建勲神社所蔵の画像あたりが、資料的にもふさわしいと思うのですが・・・。 2006年10月17日(火) 一利用者

肖像画に関しては現在の似顔絵は削除して、福井県文書館サイト内ページへのリンクを用意すれば良いだけだと思います。是認していたのはスタスタ坊主氏だけなので問題ないでしょう。方針をまとめて保護解除依頼を検討しましょう。--丁度氷 2006年10月18日 (水) 14:44 (UTC)[返信]

では、異論もないようなので保護解除依頼という事でよろしいでしょうか?

それで良いと思います。--丁度氷 2006年11月28日 (火) 16:44 (UTC)[返信]

特に反論が出ていないようですので、保護解除依頼を行ってきました。--Horlicks 2006年12月23日 (土) 02:31 (UTC)[返信]

秀吉との仲に関する記述をめぐる編集合戦について

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すみませんが、当事者はまずこちらで議論に参加をお願いいたします。個人的には特に出典の明示がないままに断定的な記述をすることには反対の立場です。--Horlicks 2007年10月14日 (日) 08:18 (UTC)[返信]

勝家と秀吉の不仲は一般的に広く流布しているイメージだと思いますが、それが後世の脚色であるという主張、事実であるという主張、どちらもまずは具体的な根拠を示すべきです。それができないならHorlicksさんの意見と同じく、断定的な記述は避けた方がいいと思います。--畳ゴリラ 2007年10月15日 (月) 07:28 (UTC)[返信]

待っているのですが、もう一方の当事者(「明らか」という記述をしたIP:125.0.207.146会話 / 投稿記録 / 記録 / Whoisさん、畳ゴリラさんの編集をリバートされたHammerfestさん)が参加していただけませんね。直接ご本人のノートに出張しなければダメでしょうか。--Horlicks 2007年10月17日 (水) 01:26 (UTC)[返信]

学校関連などに多くの案件を抱えていたため、コメントが遅くなりました。お詫び申し上げます。
さて、私も出典の無い、断片的な記述を行うことに対しては同じ意見です。差し戻しに関しましては、「事実はともかくとして~」という記述について、事実でないのならばこの加筆は無意味であろうということで暫定的に行ったものです。現在の記述が良い状態であるとは思いませんので、それが後世の脚色であるならばソースを示す必要があるでしょう。私も文献をあたってみたいと思いますが、現状コメントアウトでもいいかもしれませんね。--Hammerfest 2007年10月17日 (水) 13:20 (UTC)[返信]

コメントありがとうございました。ご意見はさほど私や畳ゴリラさんとは異ならないようですので、丸く収まりそうですね。安心しました。 以下の文案ではいかがでしょうか?

一般には、秀吉とは性格が合わなかったというイメージが定着している。

また、何かいい資料、出典が見つかれば、それに沿った記述に直すということでどうでしょう?--Horlicks 2007年10月17日 (水) 14:02 (UTC)[返信]

今の段階だとそれでいいんじゃないでしょうか。--畳ゴリラ 2007年10月17日 (水) 15:23 (UTC)[返信]
Horlicksさんの提案に賛成します。--Hammerfest 2007年10月18日 (木) 13:01 (UTC)[返信]
お二方のご協力に深く感謝します。それでは上記案で更新し、保護依頼は取り下げしてきます。--Horlicks 2007年10月18日 (木) 13:57 (UTC)[返信]

勝家の家臣について

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柴田勝家の家臣についてですが、織田信長の旧臣、佐久間盛政、滝川一益、佐々成政、前田利家、不破光治、金森長近などは最初は与力として勝家に属しましたが、信長死後は信長の後継者争いで勝家と秀吉が対立すると、勝家に味方し、事実上、勝家に仕えた(前田利家、佐々成政、金森長近などは一時的にだと思いますが)と思いますが、違うのでしょうか?

--Kagetudo 2008年4月2日 (水) 02:51 (UTC)[返信]

「事実上」という表現がどの程度のことを指すかにもよりますが、少なくとも信長死後の織田家の当主は三法師であり、家臣はすべて織田家の家臣であることに変わりはないです。ただ、確かにあたかも勝家の家臣であるかのように行動していたと言えるとは思います。しかし「彼らは勝家の家臣である」と記述するのは無理があるでしょうね。--Horlicks 2008年4月2日 (水) 06:02 (UTC)[返信]