ノート:本瀧寺
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削除依頼が出されておりますが、「自著作物の持ち込み」のページに従って、引用元の各ページの記事の最後に、この文章をウィキペディア上にも掲載している旨記載しております。恐れ入りますが、ご確認いただけますでしょうか? また、何か不足していることがございましたら、ご指摘いただければ幸いに存じます。 --本瀧寺 2010年6月27日 (日) 22:13 (UTC)
能勢妙見宮との区別化
[編集]地理的に同じ山にあり同じ服装を身につけていて混同し易いため、公的な百科事典として能勢妙見宮との区別化が必要と考えます。 私の書き込みを消去される前にこちらを一読し、お返事をお願い致します。 尚、日蓮宗に比べ妙見宗は教団としての規模が小さいためこちらに差異を書く事が適切と考えます。 まずは、妙見宗で使われている服装や法具、法要形式、開経偈等についてですが、こちらは全て日蓮宗で生まれたものです。 また、法華曼荼羅や髭題目も日蓮聖人が作られたものです。 こちらの宗派で使われていますが、どうして日蓮門下の体を取る本山の方が法華曼荼羅について説明出来ないのでしょうか? 各宗派ともそれぞれ教育機関でその宗派の教えを学びますが、どちらで日蓮聖人の教えを学んでいるのでしょうか? 特に信仰されているならば、感謝の祈りを捧げざるをえない気持ちになるはずです。 それなのに、日蓮聖人に関する記念行事が無い事には首を傾げます。 さらに言えば、日蓮聖人に関する記念的な出来事の日付けと内容を本山の方々は答える事が出来なかった。 それなのに、日蓮宗の大きな寺院である能勢妙見宮の側で、日蓮門下の衣に袖を通しお題目を唱えているのか? 末寺の方で個人的に日蓮聖人を信仰されていて荒行も出られている方がおられますが、本山の状況を鑑みるに宗として日蓮信仰をしているようには私には思えません。 本所で確認とありますが、どちらでどのように日蓮教学があったと判断されたのか具体的に教えてください。 加筆致しますが、公式HPに本尊は法華曼荼羅か釈迦牟尼仏と書いてあります。しかし、こちらのお寺の御本尊は蔵王権現と確認済みです。法華曼荼羅ではありません。蔵王権現を法華曼荼羅としているのかも疑問です。
ヲチ(会話) 2016年8月3日 (水) 10:35 (UTC)