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ノート:木曽岬干拓地

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分割時の修正について

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分割に先立って記述内容を洗い直した結果、時間経過によるもの以外で、以下の点に問題が見つかったため修正を行いました。

  • 干拓工事の完了時期について
干陸は工事の一段階にすぎないため、1973年の干拓地の干陸をもって干拓の完了とされていたのを、新聞記事の記述などを元に1989年に変更しました。
  • 木曽岬町と長島町の境界問題の原因について
優先配分問題が原因であるかのように記述されていましたが、当時の新聞記事や、木曽岬町誌に書かれていた町境問題の経緯を見てもそのような記述は見つからず、専ら地籍の問題が焦点とされていました。町境問題が表面化した当初の新聞記事には町境問題と優先配分問題を絡めるような書き方をしているものも存在していますが、その記事でも町境問題の原因は地籍としています。よって、地籍の問題を中心に書き換えさせていただきました。
  • 優先配分問題
優先配分問題は町境問題とは関係がないと見られるため、別の節に分けました。
  • 2001年に農業目的の利用を断念したと書かれていた部分について
優先配分問題の経緯を見ても、これよりずっと以前から農地以外への転用を目指していたのは明らかです。確かに、2001年3月は一つの節目ではあるものの、この時点で転用を決定した、とするのは無理があるので、記述を削除させていただきました。
  • 新空港建設の候補地から外れた理由について
中部新国際空港の候補地から外れた原因は、当時の新聞記事を見る限り、本文中に書いたものの他に地盤の悪さや木曽川による土砂堆積の懸念、拡張性などがあるものの、県境問題が理由とはされていません。もちろん実際には県境問題も原因の一つであった可能性は否定できませんが、少なくとも公式には断念の理由としてあげられていないと思われるので記述を変更しました。--211.10.139.99 2007年11月1日 (木) 23:42 (UTC)[返信]