ノート:持安吟治
当記の出典について
[編集]この記事において出典とされている久米郡誌(1923)P657(https://lab.ndl.go.jp/dl/book/978690?keyword=%E9%83%A1%E8%A6%96&page=353)によると歴代の久米郡視は「入江廣太郎」「出道直」「安藤幾太郎」「内田輝太郎」「守安郁二」「清水金十郎」です。また美作名門集(1910)P162(https://dl.ndl.go.jp/pid/1083855/1/114)によると当時の宗家は当記事で持安吟治氏の父として挙げられている「持安宗平」、分家に「持安郡治郎」「持安千代吉」がいるとされていますが、持安吟治氏の名前は見当たりません。
私が持安吟治氏についての記述を発見できたのは以下の通りです。
久米郡誌(1972)P1192(https://dl.ndl.go.jp/pid/9572505/1/638?keyword=%E6%8C%81%E5%AE%89%E5%90%9F%E6%B2%BB) において龍川村議会議員として名前が挙げられています。
1921年6月20日の官報(https://dl.ndl.go.jp/pid/2954780/1/44?page=left&keyword=%E9%BE%8D%E5%B7%9D%E4%BF%A1%E7%94%A8%E7%B5%84%E5%90%88)において有限責任龍川信用組合監事として名前が挙げられています。1925年7月8日の官報(https://dl.ndl.go.jp/pid/2956010/1/23?keyword=%E6%8C%81%E5%AE%89%E5%90%9F%E6%B2%BB)では理事任期満了につき選任した結果、再選重任したとされています。
1925年8月22日の官報(https://dl.ndl.go.jp/pid/2956049/1/14?keyword=%E6%8C%81%E5%AE%89%E5%90%9F%E6%B2%BB)において有限責任龍川購買販売利用組合の理事
龍川村大字全間に村議会議員や信用組合の監事などを務めた持安吟治氏という方が存在したのは間違いないと思われますが、私が調べた中ではこの記事が独立記事を作成するほどの特筆性を満たしているようには思えませんでした。持安吟治氏についての他の情報をお持ちの方がいらっしゃいましたらお教えいただければと思います。--misei_sen(会話) 2024年11月3日 (日) 06:18 (UTC)
- 先ほどの投稿ですが、久米郡視ではなく久米郡視学でした。失礼しました。--misei_sen(会話) 2024年11月3日 (日) 06:23 (UTC)