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ノート:択捉型海防艦

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改名提案

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本記事名を択捉型海防艦から擇捉型海防艦へ移動することを提案します。理由は「択捉型」の表記が二次資料とされる書誌上一般的でないと考えられるためです。副次的な問題として、本記事の初稿作成時に参考文献がまったく無く、何を以って記事名を決定したのかわかりません。以下に「択捉型」と「擇捉型」、それぞれの表記をしている私が持つ文献を記します。

  1. 択捉型の表記をしている書誌一覧(ほかにありましたらご指摘ください)。
    1. 片桐大自『連合艦隊軍艦銘銘伝』、光人社、1988年。
    2. 福井静夫『写真 日本海軍全艦艇史』、ベストセラーズ、1994年。
  2. 擇捉型の表記をしている書誌一覧(ほかにありましたらご指摘ください)。
    1. 海防艦顕彰会『海防艦戦記』、原書房、1982年。
    2. 丸スペシャル『海防艦』(1979年)、丸グラフィッククォータリー『日本の小艦艇(続)』(1975年)、写真集『日本の小艦艇(続)』(1978年)、ハンディ判日本海軍艦艇写真集『哨戒・護衛艦艇 海防艦・水雷艇』(1998年)など、潮書房/光人社編集部が社として刊行した書誌。
    3. 世界の艦船増刊『日本海軍護衛艦艇史』海人社、1996年ほか、世界の艦船バックナンバー。

以上のとおり、書誌数に限れば「択捉型」の表記2誌に対して、「擇捉型」の表記は6誌を数えます(世界の艦船バックナンバーは増刊を含めて、まとめて「1冊」と勘定しています)。また、「択捉型」の表記をしている書誌は個人著者の書誌だけであるのに対し、「擇捉型」の表記をしている書誌は団体あるいは企業が著者であという違いがあり、さらに古くから使用されている実績があります。これは艦型名としての「択捉型」の呼称が、「擇捉型」よりも認知度が低く、それに伴い使用頻度も少なくなっている証左ではないかと思うのです。なお「択捉型」にしろ「擇捉型」にしろ、太平洋戦争中に海軍省が調製した各法令令達通牒上で使用された実績はありません。法令令達通牒上は占守型、軍備計画上は占守型、あるいは310号艦型の呼称が用いられています。地名としての「えとろふ」は、「択捉」の表記が普遍的に用いられていますが、艦型名としての「えとろふ-がた」は「擇捉型」の表記が普遍的に用いられていると考えます。改名専用会話2016年3月24日 (木) 16:28 (UTC)[返信]

  • 反対 反対します。理由はノート:擇捉 (海防艦)に書いたとおりです。
    1. 択捉型と表記している書誌一覧に以下を追加します。
      1. 監修:財団法人資料調査会海軍文庫/編纂:「海軍」編集委員会『海軍』第9巻、誠文図書、1981年
        • この本は多くの二次資料を参考にしているため三次資料とみられるかもしれませんが、参考資料の中には非公刊のものもあるため、実質的には二次資料と見なせるでしょう。
      2. 新人物往来社戦史室『日本海軍艦艇総覧』、新人物往来社、1994年
      3. 財団法人海軍歴史保存会『日本海軍史』第7巻、第一法規出版、1995年
  • と、言いますか、そもそも個人著者の書誌がだめで団体あるいは企業の書誌ならばよいという理屈がわかりません。ウィキペディア日本語版において、イスラームギリシア神話ローマ神話の記事は、多くの個人研究者が原則として長母音表記を使うことから、専門分野内では普遍的であるため、世間では一般的ではない表記が許されています。その慣例に従うならば、多くの個人の研究者が「擇捉型」という表記を一般的に用いていることを証明していただかなければ、普遍的であるとは言えません。--shikai shaw会話2016年3月24日 (木) 18:02 (UTC)[返信]
    • Shikai shaw氏へ。私は一度として個人著者の書誌がいけない、あるいはだめなどとは書いておりません。私が個人著者の書誌がいけないと発言している箇所があるのでしたら、ノート:擇捉 (海防艦)での発言を含めてもかまいませんので、該当部をお示しください。私がそのような発言をしていないのであれば、あなたが他者の発言を捻じ曲げ、あるいは改竄した理由をご教示ください。改名専用会話2016年3月31日 (木) 14:53 (UTC)[返信]
      • コメント 「企業(編集部)が社として刊行した書誌と個人著者による企業刊行本をごちゃまぜにして」、「雑誌社の編集部は著者やライターに対して何も言いません」、「「択捉型」の表記をしている書誌は個人著者の書誌だけであるのに対し、「擇捉型」の表記をしている書誌は団体あるいは企業が著者であという違いがあり」などと、明らかに企業の書誌が優先で個人著者は下位だと言っているようにしか見えない記述が複数あるのですが。--shikai shaw会話2016年3月31日 (木) 15:47 (UTC)[返信]
        • 「明らかに企業の書誌が優先で個人著者は下位だと言っている」と判断するのはあなたの勝手です。
  1. 「擇捉型」の表記をしている書誌は団体あるいは企業が著者であという違いがあり」・・・私が持つ書誌での事実を述べただけです。
  2. 「企業(編集部)が社として刊行した書誌と個人著者による企業刊行本をごちゃまぜにして」・・・貴殿の発言「軍事研究の分野において旧字体での表記は定着していないという証明となります」に対する言動です。ノート:擇捉 (海防艦)で貴殿が並べた個人著者のうち大内建二は著作が多数ありますし、福井静夫は旧海軍の技術士官ということで世界的にも著名ではあります。ですが、片桐大自と渡辺博史の両名が軍事関係の研究家であるとは、私は寡聞にして知りません。片桐大自の軍事関係は聯合艦隊軍艦銘銘伝のみ、渡辺博史に至っては軍事関係は自費出版物しか出していません。改名専用会話2016年4月6日 (水) 15:46 (UTC)[返信]
    • コメント 私の勝手な判断と受け取られ不快に思われたのでしたら謝ります。申し訳ありません。ただ、基本的に私の言いたいこととあなたの言いたいことの論点がかみ合っていないため、理解に苦しんだのが事実です。確かにその分野の著名な専門家と、著名ではない、あるいは専門とは言えない研究者の著書では信頼度合いが違ってくるため、参考にすべきかどうかの検討は必要です。ただ、私が伝えたいのは「その分野において普遍的に用いられている表記」であるとしたら、論文であろうが大衆向けの書籍であろうが、知名度が高い研究者であろうがなかろうが、基本的に表記揺れは存在しないはずだが、明らかにそうではないので、「擇捉」という表記は定着していないということです。--shikai shaw会話2016年4月9日 (土) 09:02 (UTC)[返信]
  • コメント 「エトロフ」が「択捉」か「擇捉」かというところからいけば、これは新字体か旧字体かの違いでしかないので「表記揺れ」というよりも「より使われる(普段使われる)のはどちらか?」で判断したほうが良いと言えます。艦名の由来となっている「エトロフ島」は択捉島となっていて擇捉島ではありません。おそらく、当時の文献を当たれば「擇捉島」とか「擇捉郡」、「擇捉村」というのが出てくると思いますが、新字体に変わっているのは「読みにくい、あるいは書きにくいから」というのがありますから。読み手からして新旧のどちらが読みやすいのかと考えたら、わざわざ旧字体を選ぶ必要性は薄いのではないでしょうか。どちらも間違いではないですから、旧字体については本文中で特に触れる(弥生 (睦月型駆逐艦)と同じ処置)ことで問題は回避できると思われます。--アルトクール会話2016年3月25日 (金) 02:07 (UTC)[返信]

̽ 反対 Wikipediaが百科事典という本義からすれば、現在Wikipediaを利用する人々にとって分かりやすく検索しやすい件名であるべきです。「擇捉」で本項目を検索する人が多くいるとは思えません。新字体・旧字体については、単純に二次資料でどちらの表記が多いかではなく、それらの出版時期も考慮して判断する必要がありますし、少なくとも現代日本では新字体を使うのが本則ですので、実用上・学術上 特別な意味があるのでなければ新字体とすべきでしょう。せっかく項目があっても、利用者が見つけ出せなくて利用されないのであれば意味がありません。--ガセネタン教授会話) 2016年3月26日 (土) 03:19 (UTC)--ガセネタン教授会話2016年3月26日 (土) 02:41 (UTC) - 編集:03:19 (UTC)[返信]

改名自体に賛否をどうこう言うわけではないですが、一点だけ。検索の点であればリダイレクトなり、整備すればよいだけでは。理由にならないように感じる。ぱっと思いついたもので日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約とか日本国との平和条約なんてのがありますが、普通こんな名称で検索しませんよね。--116.70.237.204 2016年3月26日 (土) 08:54 (UTC)[返信]

はい、リダイレクトなりで整備する、まったくそのとおりだと思います。そもそも、この改名提案自体は私の本意ではありません。海軍省が公式に定めていない艦艇型名がどう呼ばれようと、私にとってはどうでもいいことなのです。同じ理由で私は第一三号型駆潜艇の記事名は第十三号型駆潜艇に、第五一号型駆潜艇の記事名は第五十一号型駆潜艇にそれぞれ移動しましたが、第二八号型駆潜艇については第二十八号型駆潜艇への移動を行っておりません。なぜなら第二十八号型、あるいは第二八号型駆潜艇なる艇型名は太平洋戦争後に創作されたものであって、公式に定められた艇型名ではないからです。私がこの改名提案を上げたのは、ノート:擇捉 (海防艦)において「擇捉型の方が正しいと思うのでしたら、まずは擇捉型海防艦への改名手続きをするのが正しい手順であったと考えます。」とのご指摘を受けたからです。本記事名が官房文書で用いられた松輪型、あるいは隠岐型としていたとしても改名提案はしませんでしたね。改名専用会話2016年3月31日 (木) 14:53 (UTC)[返信]
コメント 「検索の点であればリダイレクトなり、整備すればよいだけでは」と言い出したら、リダイレクトがあればどんな記事名でもいいのか、という議論になってしまいます。記事名についてはちゃんとしたガイドラインがあり、それに反する状態になるのは好ましくありません。条約など法律関係については、正式名で立てるのがそうなっているのが慣例になっているからで、そのあたりは分野ごとに異なります。軍事研究の分野では、特に分野内でそうするべきと明文化されたものはないので、ウィキペディア日本語版の基本的なルールに則るべきと言うことになります。
今回の問題は、親項目が択捉型海防艦、子記事が擇捉 (海防艦)と、Wikipedia:記事名の付け方#記事名を付けるにはの「首尾一貫している」に反した状態となっていることから発生したものです。もしこれが最初からどちらかに統一されていたら、私は行動を起こさなかったかもしれません。記事名のずれは、ウィキペディアの利用者の混乱を招きます。ガイドラインがあるのはそのようなことを防ぐためです。現状は、択捉型海防艦には「択捉」と書かれているのにリンク先は擇捉 (海防艦)択捉には「擇捉型海防艦」と書かれているのにリンク先は択捉型海防艦という、かなりいびつな状態になっています。
「海軍省が公式に定めていない艦艇型名がどう呼ばれようと、私にとってはどうでもいいこと」はかなり自分勝手な考え方ですね。Wikipedia:独自研究は載せないに抵触すると思います。海軍省が公式に定めていないものであろうと、少なくとも戦後の軍事研究の分野では普通に使われているものですので、Wikipedia:独自研究は載せない#一次資料と二次資料に従い、考慮する必要があります。基本的には改名専用氏の精力的な活動は素晴らしいと思っているのですが、もう少し他のウィキペディアの記事との整合性を考えていただきたいです。--shikai shaw会話2016年3月31日 (木) 15:47 (UTC)[返信]
自身の考えに基づいて行動しないことのどの部分がWikipedia:独自研究は載せないに抵触するのかご説明ください。Shikai shaw氏から見たら、私は「親記事である択捉型海防艦が新字体であるにもかかわらず、そちらには手を付けずに擇捉 (海防艦)という記事を立ててしまったということ自体が、ウィキペディアのガイドラインに反する行為」をし、「かなり自分勝手な考え方」をする人で、さらに行動しないことによって「Wikipedia:独自研究は載せないに抵触する」ことをしている人物になります。であるなら、私のような執筆者はブロックされてしかるべきですね。私の投稿ブロック依頼を出していただけませんか?罪状はここにあるものだけで十分でしょうけど、ほかにもありましたらそれも並べたててください。ブロック期間は無期限でかまいませんよ。私は一切反論はしませんので。改名専用会話2016年4月6日 (水) 15:46 (UTC)[返信]
コメント 改名専用さん。まずはWikipedia:論争の解決Wikipedia:議論が白熱しても冷静におよびWikipedia:善意にとるをお読みください。私はあなたを悪質な編集者などは思っていませんし、そのようなことは一言も書いていません。むしろどちらかと言えば優秀な編集者であり、今後も積極的に活動してほしいと思っています。ただ、その編集方針がウィキペディアの方針やガイドラインからは外れていると考えているため、その方針を改めてほしいと言っているだけです。投稿ブロックというのは編集権を剥奪する行為ですので、軽々しく行って良いものではありません。少なくとも現時点では、私はあなたをWikipedia:投稿ブロックの方針のどれにも当てはまらないと考えていますので、ブロック依頼などはしません。論争の相手に「投稿ブロックしろ」などということは議論の放棄に繋がりますので、今後はおやめください。
あなたの考えがWikipedia:独自研究は載せないのどこに反しているかはすでに説明していますが、もう少し具体的に言うと、Wikipedia:独自研究は載せない#一次資料と二次資料の冒頭説明文に該当します。ウィキペディアの記事は検証可能性のある出典を基に、中立的な観点で書かなければなりません。一次資料を基に書いてしまうと、あなたの勝手な解釈になってしまう虞があるため、ウィキペディアでは禁じられています。ウィキペディアにおける記事は、あくまでもその分野において一般的に認められていることを中心として書かなければならないので、一次資料と二次資料に差異があるなら、二次資料を優先としなければならないのです。--shikai shaw会話2016年4月9日 (土) 09:02 (UTC)[返信]
私の「海軍省が公式に定めていない艦艇型名がどう呼ばれようと、私にとってはどうでもいいこと」に対して貴殿は「かなり自分勝手な考え方ですね。Wikipedia:独自研究は載せないに抵触すると思います。」と発言しています。執筆者が興味を持たない、あるいは興味を失った記事に手を出さないのは当然のことです。おさわりして火傷するのは手を出した当人です。貴殿は一次資料の使用について触れておいでですが、当該部には『ウィキペディアにおいて一次資料を使用してよいのは、事実について率直な記述を行う場合のみであり、特殊な知識を持たない、普通の教育を受けた人が、その資料を参照して検証できる場合に限られます。』とあります。艦艇の略歴や特記がある戦闘については私が用いている各書誌に記述があります。略歴の場合は「何年何月何日○○に編入、XX方面で船団護衛に従事。何月何日△△に編入され□□に従事」と、さらりとしか触れていませんので、それを法令令達や戦時日誌などで肉付けしております。ただし艦船部隊の行動記録については原典の多くはグラフ状、あるは運行表の形態で記述されているため、それらは文章に『翻訳』しなければなりません。なお戦時日誌や法令令達については目黒に所在のNIDS史料閲覧室に申し込めば閲覧できますので、特殊な知識を持たない普通の教育(私はこれを中学校卒業程度と解釈しております。もちろん旧制中学校ではありません)を受けた人でも検証はできます。一次資料と二次資料の競合については、最も妥当なものを使用した上で「このような説もある」あるいは「これは(物理的に)不可能」と書き記すとしか申し上げられません。好例は第六号海防艦の注釈13になります。これは二次資料の海防艦戦記やシーパワーだけを基にするならCD6は1944年11月14日の昼から夕方までルソン海峡で爆雷戦をし、翌15日の就業時間内に横須賀に到着してGEB長官から感状を授与されるとんでもないフネということになります。改名専用会話2016年4月12日 (火) 21:56 (UTC)[返信]
コメント ウィキペディアにおいては、明らかに二次資料中に間違いがあったとしても、編集者が一次資料をもって間違いだと決めてはいけないのです。それをしてしまうと独自研究になってしまいます。一次資料を参考にできるのはあくまでも淡々とした事実のみです。一次資料と二次資料に差があったら、それが物理的に不可能であったとしても、二次資料が優先であり、一次資料は補足として付記するしかありません。それがウィキペディアの方針です。ただ、二次資料においても、信頼できるものとできないものには差があります。一部の資料にしか書いていないものは、当然ながら優先順位は下がります。--shikai shaw会話2016年4月20日 (水) 14:52 (UTC)[返信]
そこまでおっしゃるなら、一次資料の撲滅キャンペーンでも始められてはいかがでしょうか。一次資料を使用しているのは私だけではありませんけど、私が過去に投稿した記事や加筆を第一の問題とされるのでしたら、ご自由に編集してください。記事は投稿した段階で私のものではありませんし、Wikipediaは誰でも投稿できるのですから根拠がある限り誰が何をどうしようと何の問題もありません。なお、貴殿が加筆する際頻繁に用いている『海軍制度沿革』ですが、これを二次資料であるとお考えであるならその考えはお改めください。二次資料の定義としてはWikipedia:独自研究は載せないに「一次資料に基づいてそれを作成した人物によるその人自身の考察を提供するものであり、普通は事象から一歩離れたところにあるものです。」とあります。海軍制度沿革は一次資料たる海軍省達号、海軍省内令、その他令達や官房文書をまとめただけのものであって、誰かの考察も何も含まれておりません。よって一次資料の複写あるいは綴り以外の価値を持っていません。これは原書房が発行した明治百年史叢書中の海軍制度沿革も同様です。改名専用会話2016年4月24日 (日) 08:29 (UTC)[返信]
コメント 一次情報源を蔑ろにしているわけじゃありません。これって「表記揺れ」の問題で「現代仮名遣い」で表記するかどうかの問題です。当然ですが、現代仮名遣いの日本語で書かれる現代の書籍は「択捉」と書きますし、戦中戦前の書籍は「擇捉」と書いている。それって当たり前のことですから、戦中戦前の旧仮名遣いで書かれている文献で「択捉」を探す方が難しいです。別に艦型のネームシップがどれかが議論になってるものじゃないんですから、ここに「一次情報源の正式名称」を持ってくるのは話が違います。問題を摩り替えないでください。--アルトクール会話2016年4月24日 (日) 17:30 (UTC)[返信]
アルトクールさんへ。私はこの提案の冒頭以外では「択捉型」の表記より「擇捉型」の表記が多い旨の発言をしておりません。本提案を出すに至った経緯はどうあれ、自ら進んで改名を提案した立場上それなりの理屈をこねくりまわして提案はしましたが、提案した後においては他者の反対意見に対しては一度も拒絶しておりませんし、「反対に対する反対」や、あるいは「納得しないできない」発言はしていません。「擇捉型/択捉型」表記に関して私が誰かに対して「私の考えが正しい(あるいはあなたの考えは間違っている)」、「あなたの意見には納得できない」旨の発言をしている箇所がありましたら、遠慮なくご指摘ください。何がどうなってネームシップがどれかが問題になってしまったのかわかりかねますが、私の発言中の「本記事名が官房文書で用いられた松輪型、あるいは隠岐型としていたとしても改名提案はしませんでしたね。」を問題としておいでなら(※これではない箇所を問題としておいででしたら、お手数でも該当箇所を明示してください)、これは私の改名提案に関するスタンスを述べただけのことであって、それ以上の意味は持ちません。ましてやこれら官房文書に従うのが正しいなどとは一度も発言しておりません。改名専用会話2016年4月25日 (月) 15:58 (UTC)[返信]

コメント 管理者さんへ。この提案をした元々の理由が「私自身の過去の過失を改める」ことでしたので、その目的は私については果たされました。いつでも任意のタイミングでこの提案を終了してください。私はこの提案に関して自分の考えが唯一無二のものと我を張るつもりはありませんし、他人が間違っているなどと他者を批判し、あるいは謗るつもりもありません。改名専用会話2016年4月6日 (水) 15:46 (UTC)[返信]

コメント 提案を取り下げたいのでしたら、できればご自分で作業していただきたいです。Wikipedia:ページの改名#告知の終了処理にあるように、改名提案の終了は管理者の作業ではありません。--shikai shaw会話2016年4月9日 (土) 09:02 (UTC)[返信]

終了 改名せず現行のままとします。改名専用会話2016年4月12日 (火) 21:56 (UTC)[返信]