コンテンツにスキップ

ノート:座佐池

ページのコンテンツが他言語でサポートされていません。

166倍?

[編集]

2. 都司嘉宣,行谷佑一(2007) (PDF) の出典は「宝永津波の最高遡上高さは土佐市竜の青竜寺での25m」、

3. 岡村委員提出資料 (PDF) は「約2000年前のイベントは宝永地震津波よりも一回り大きい可能性」と言っているだけで、津波浸水高は、津波堆積物の厚みの約166倍の記述は何処にも見えません。

岡村眞(2011) (PDF) らは「1707年の宝永地震は、この池の近くの宇佐で10mを超える津波が記録されており(村上他、1998)、蟹ヶ池においても下位の堆積物を削り込み、50cm前後の厚い砂層を堆積させているが、約2000年前のイベントは宝永地震のものよりもさらに厚い津波堆積物を残している。」と言っており、岡村委員提出資料p5の図を見ても平均すれば50cm前後程度あり、しかも場所による層厚の変動が激しく到底166倍等と精密な数値が算出できるものとは思えません。特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成と言った不適切な引用を行ったとしても25m/50cm = 50倍程度にしかなりません。宇佐の10mで計算すれば20倍程度にしかなりません。「20倍」「50倍」166倍」どれも意味のない数字です。--As6022014会話2015年6月18日 (木) 03:03 (UTC)[返信]

独自研究であり、この記事の削除が適当と考えられます。削除依頼出しますか?--Apple2000会話2015年6月18日 (木) 03:16 (UTC)[返信]
そうですね。2. 3. この2つの出典は宝永地震からのコピペと思われますし、現段階では有用な情報があるとは思えません。--As6022014会話2015年6月18日 (木) 08:11 (UTC)[返信]