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ノート:嶋野栄道

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嶋野栄道氏の現在の編集は、重要な事実を欠いた偏ったものです。 世界的に権威を認められている、ニューヨークタイムスにより、今年8月に、40年以上に渡る女性信徒への性的虐待を実意名報道されたという厳然たる事実があり、その後、非難の真っ只中、自らメールを以って、その非を認めたという事実のあります。これらは、全てネット上で閲覧できます。http://www.nytimes.com/2010/08/21/us/21beliefs.html

それを踏まえて、現在の編集を見ると、その記述が全くの虚構であることがあきらかです。 ニューヨークタイムスの記事、その後の非を認める謝罪は勿論、スキャンダル発覚後、問題解決のため、外部のコンサルティング会社を入れて、客観的立場から解決法を求めたときの一部としての、嶋野氏の引退、ならびに、新たに女性に近づけないという事が提言され、その背景で起こった引退の理由を、「後進の為」と全く偽りの記述をしています。また、嶋野氏ならびその組織は、ニューヨークタイムスに対し、一度かつて、正式の抗議をしたことがありません。かの記事が虚偽であれば、それは許しがたい誹謗中傷です。それなのに、彼らが行ったことは、英語のウィキペヂアにて、今回の虚偽編集のように、「編集保護」の意図を悪用したことだけです。

重要なことは、この問題は過去ではなく、現在も進行中だということです。発覚しただけでも、つい2年前の最近の出来事であり、今回、「ニューヨーク正法寺」という、嶋野氏の寺の名を使ったユーザーが執拗に、虚偽の記述を続け、記述保護という、本来の意味を悪用した行為に出ている事実も、反省の欠如を表しています。現在の虚偽の記述に幻想を抱き、嶋野氏の毒牙にかかる女性が、再度、将来的に現れる可能性は現実のものなのです。実際、日本から一人で訪れる日本女性は年々増えています。 管理者は、もしそのような自体が起こった場合、責任を取れるのでしょうか?

さらには、嶋野氏の臨済宗師家としての、根拠である、中川宋淵師からの嗣法は、削除された編集にリンクが張られたように、臨済宗の公式の記録にないクレームであり、履歴詐称です。shinamoarchive.comというサイトに、膨大な量の嶋野氏の過去の行状を記録したサイトがありますが、これも嶋野氏およびその周辺は、一度かつて名誉毀損の訴訟どころか、公式の抗議さえした事がありません。

嶋野氏に関する、これらの非難は信じられないような内容ですが事実なのです。 多くの堕落した僧侶がいる中で、たまには、名僧がいてほしい、清廉な僧侶がいてほしいという気持ちはわかりますが、ウィキペヂアの管理者として、事実に目をつぶることは正しくないだけでなく、前述したとおり、将来の更なる被害者をもたらすことにもなります。 今、アメリカで嶋野氏への怒りが激しいのは、正に、彼が人々の「清廉な僧侶がいてほしい」という希望、幻想を最悪の形で裏切ったからです。 --Wasabichikuwa 2010年11月27日 (土) 16:19 (UTC)[返信]

まず編集合戦となっていた記述のうち、http://www.shimanoarchive.com に基づくものが適切であるかどうかということを議論する必要があるように思います。Wikipedia:信頼できる情報源Wikipedia:中立的な観点Wikipedia:存命人物の伝記Wikipedia:外部リンクの選び方に照らした場合適当ではないように思います。また出典に基づかないネガティブな記述がなされていた点は問題であるように思います。単立の臨済宗寺院というのが適切なのか、新興宗教というのが適切なのかわかりませんが、いずれの版にも出典が示されておらず出典が求められます。--Tiyoringo 2010年11月27日 (土) 17:40 (UTC)[返信]

Tiyoringoさん、有難うございます。Tiyoringoさんの概ね言われるとおりです。抗議・裁判が行われていないから、ウィキペディアに開催できるほどの真実事項であるとの論は全く成り立ちません。それにshimanoarchive.comは信頼できる情報源という確認はできません。www.shimanoarchive.com/PDFs/20101001_Shimano_JP_Wiki.pdfのようにJAWPの記述自体を使っていますので、循環参照の面もあり、出典としての使用は困難でしょう。逮捕も起訴もされていない人物に対して、違法行為を行っているかのような記載をするのは不可能です。Wikipedia:ウィキペディアは何ではないかもご覧下さい。ここは告発などを目的とした場所ではございません。--Los688 2010年11月28日 (日) 06:59 (UTC)[返信]

Los688s氏の議論は、公正さに偏り、論理的に誤っていると思います。 先ず、本人が認めており、所属の禅スタディーソサイアティーからメンバーに向けて謝罪のメールを出した事実を完全に無視しています。 これは、shimanoarchive.com にも収められていますが、この投稿の終わりに、コピーしておきます。コピーをを公開することは、公式に承認されており、実際アメリカの各種仏教団体のサイトにも多数掲載されています。

ニューヨークタイムスの記事についてはどう答えられますか?この記事が綿密な調査の元で行われて発表されているものです。 このような例を見ない糾弾の事実を黙殺するという態度は公正とは思われません。 また、「逮捕も起訴もされていない人」といっていますが、事実関係がはっきりしているのに、逮捕されなければ、全くその諸事実に目を瞑るのですか? すべての犯罪が起訴されるわけでは有りません、特に、島野氏の行った性犯罪は、その犠牲者がトラウマになったり、或いは、その悪夢を忘れたいと思うケースが多いのは、周知のところです。

また、shimanoarchive.comにある数百を肥える文献の中の一つの例を挙げて、その信用性を否定されていますが、その他の圧倒的多数は、ハワイ大学図書館からの文献、また妙心寺派の公式な嗣法系図、更には嶋野氏の属する母体団体の禅スタディーソサイアティーのボードとと公式なやりとりです。このアーカイブは、その目的が嶋野氏の問題に関する資料を集めているわけですから、嶋野氏の記述のウィキペヂアが取り上げられるのは当然の事です。更に、循環参照といっていますが、実際に削除された嶋野氏に関する記述にその例がありますか?全て、その中の検証可能、かつ直接のソースからの引用しかありませんでした。また、このアーカイブには、削除された編集だけでなく、現行のものも収録されているという点も素通りされています。 このような事実を考慮するとき、現在の編集が、虚偽であり、全く、嶋野氏の行為に目をつぶった偽りの記述である事は明らかです。

以上のような理由で、保護解除を拒否する根拠が極めて乏しく、最初から、現行の編集を守ろうとする極めて偏った判断としか考えられません。他の管理人を含めた、より公正な対処を希望します。

最後に、「告発」という言葉が、使われましたが、これは告発ではなく、明らかとなった事実です。

From: Zen Studies Society <office@zenstudies.org> Date: Tue, Sep 7, 2010 at 3:20 PM Subject: A message from Eido Shimano To:


September 7, 2010

Dear Friends,

I would like to acknowledge the pain and unnecessary suffering you went through in your hearts due to my faults. I have a profound feeling of remorse for my actions.

This August marked my 50th anniversary in the United States. During this half-century I have received so much from people the world over. Over time, I took your kindness for granted and arrogance grew in my heart. As a result, my sensitivity to feel the pain of others decreased. Now, as I reflect on the past, I realize how many people's feelings and trust in me were hurt by my words and deeds. Please accept my heartfelt apology.

My mother was the person who encouraged me the most to follow Buddha's path. Tomorrow is her memorial day, as she passed away on September 8, 1986. Hearing her voice, I have decided to observe my 50th anniversary in the United States by stepping down from my position as abbot of the Zen Studies Society on the last day of Rohatsu sesshin in 2010.

Even though I carry sadness in my heart, as a Buddhist monk, my vow to practice will not end. In order to preserve the Dharma legacy, ensure the training of future teachers, and to purify my own karma, I must march on.

Gassho,

Eido Shimano

(--Wasabichikuwa 2010年11月28日 (日) 17:16 (UTC)[返信]

ご案内した文章を読まれていないようですね。Wikipedia:存命人物の伝記およびWikipedia:検証可能性Wikipedia:独自研究は載せない必ずお読みになり、理解なさって下さい。検証可能性では、『「真実かどうか」ではなく「検証可能かどうか」』が重視されます。この方針に則っていない『事実』という語を使われても、ウィキペディア上ではほとんど評価されません。ウィキペディア上では記事に関する情報そのものの論考は行ないませんので、生のメールとやらをこのノートページに提示しても無意味です。
ウィキペディアにできるのは、信頼性のある出典に基づく情報の紹介です。これらの基準を人物批判に当てはめますと、「誰々はこれこれという媒体で、それそれということに対して、あれを根拠にし、こういう批判を行なった」という文が望まれるいうわけです。--Los688 2010年11月29日 (月) 16:13 (UTC)[返信]

ご指摘の検証可能性にかんするポリシーを読みました。 今回の件に当てはめてみれば次のようになります。 今年8月20日に、「タブロイド」でない、ニューヨークタイムスが、独自の調査と、ハワイ大学図書館に封印されていたエイトキン文書をを根拠に、嶋野氏の40年以上に渡る女性信者への性虐待のスキャンダルを報道しました。← 検証可能な事実。 これに対し、嶋野氏は、自らの所属するZen Studies Societyを通じ、”嶋野氏自ら”が行動を認め、謝罪するメールをメンバーおよびネット上に公表しました。← 検証可能な事実。

検証性の重要さを踏まえ、現在の編集中の以下の点に関して、どのような根拠があると認められるのか指摘していただけますか。 「1972年9月15日中川宋淵老師の法を嗣ぎ…」 削除された編集中には、公式の臨済宗妙心寺派の嗣法系図という一級の文献が、嶋野氏を法を継いだ人間として記録していないことを示しています。勿論、検証可能性を満たしています。現在の編集の、このクレームへの検証可能性のある根拠を示してください。 現在の編集は、なにやら嶋野氏と中川氏が一緒に写っている写真が張ってあるだけです。これが検証可能な根拠ですか?

「単立の臨済宗寺院である」 1980年代に、嶋野氏および両寺院が属するZen Studies Societyの最高意思決定機関であるボードが、あらゆる仏教団体と関係のない新しい新興の組織であることを宣言した公の手紙があります。検証可能かつ一級の文書です。これも削除された編集の引用中に含まれてういました。

「然し乍ら、古参の門下生の根強い要請もあり、」 古参の門下生の根強い要請は、どのように検証されているのでしょうか? 削除された編集にはありませんが、現在、ネット上では、嶋野氏の完全引退を求める署名運動が行われており、このクレームとは反対のクレームは、示すことが可能です。

「ウィキペディア上では記事に関する情報そのものの論考は行ないませんので、生のメールとやらをこのノートページに提示しても無意味です。」 との事ですが、始めから、事実と検証可能性について述べています。なぜなら、私の指摘した事実は、全て検証可能なソースに基づいているからです。もう一度、申し上げますが、私に要求しているのと同じレベルの検証可能性を、現在の編集を行った方に当てはめられて、その検証可能性を示してください。他の管理者を含めた透明性のある議論を要望します。 (--Wasabichikuwa

方針への理解が一歩進まれたようで何よりです。本人の肯定的な経歴についても、検証可能性の面で不足があれば、削除することは十分にありえます。ただし、肯定的な文と批判的な文の記載とは対等な条件ではありません。批判的な文の掲載にあたっては、名誉毀損等の潜在的な問題が生じかねないために、特にWikipedia:存命人物の伝記等による特に厳しい基準が設けられているわけです。あと、繰り返しの面もありますが、wikiepdiaにおける「検証可能性」というのは、合理的な論考・推察のことを意味しているのではないのです。信頼できる出典を提示し、それを他の編集者が確認できる(検証できる)ということを意味しています。で、ニューヨークタイムズを使うのは理解できる部分がありますが、「性的虐待」という語は人物評価にかかる『日本語』表現としては「存命人物の伝記」で求められている保守的表現に照らして、厳しすぎますね。記事内容とも合わせるに「不適切な関係」が今のところ表現の限度でしょう。--Los688 2010年12月1日 (水) 16:19 (UTC)[返信]

Los688さん、 おっしゃること理解しました。確かに、名誉毀損等の可能性を考えれば、批判的な記述は、たとえそれが事実であっても、より確かな出典、すなわち、より高い検証可能性が求められる、というのは、ウィキペヂアの立場を考えれば妥当でしょう。また、「肯定的な経歴についても、検証可能性の面で不足があれば、削除することは十分にありえます。」という点を加味して、今回の事例を見てみると、ポイントとしては、問題となる記述に対応する出典を、肯定、否定側、共に出し合い、否定的なものに関しては、合理的な範囲での、より高い出典の信頼性・質を求める、ということですね。

これを今回の件に当てはめてみますと、以下の数点が問題にあると思われます。

1.ニューヨークタイムスの記事 この出典の質については、ご理解を頂いているよで、問題は、その表現ということを指摘を受けました。 「性的虐待」は、原文にある「sexual misconduct and abuse」から直接来ている表現ですが、前述のように、ウィキペヂアの段階では、ご提案のように「不適切な関係」となる事には、仕方が無い部分はあります。いずれにせよ、出典が示されるわけですから、読者が、その後、個別に自分の責任で判断すればよいわけですから。

2.中川宋淵氏からの嗣法 前述の通り、肯定的な記述には、出典の質に関し、多少の、目こぼしがあるのは分かりましたが、全く無い、というのは対極に有る大きな問題でしょう。 ましてや、その反対を示す出典が存在している場合には、少なくとも、肯定記述の出典もはっきり示し、否定的記述の出典と比較されるべきでしょう。 今回では、臨済宗の一派から刊行された本の中の、嗣法系図が、否定的な記述の出典として示されました。この出典をウィキペヂアでは、どのように評価するのでしょうか?

3.嶋野氏が現在も臨済宗であるとするクレーム これに関しては、否定的記述の出典は、嶋野氏の属する母体組織の、ボードという最高意思決定機能を有する機関からの公式な手紙です。 この出典の質は。どのように評価されるのでしょうか?

これからの展開としては、現在の肯定オンリーの編集者が、上記の2,3に関し、その肯定記述を示す出典を先ず出すべきではないでしょうか? その後、初めて、その出典の質を吟味し、そのままとどめるだけの可能性があるのか、否かを、議論することが出来ます。 現在の、肯定的な記述書きっぱなしの状態では、全く、議論の起こりようが有りません。

同時に、先ず、1の点に関しては、ご理解をいただいたようなので、 「今年8月20日に、ニューヨークタイムスが、独自の調査と、ハワイ大学図書館に封印されていたエイトキン文書をを根拠に、嶋野氏の40年以上に渡る女性信者へ不適切な関係を報道しました。」という文章を、現在保護されている編集に追加する許可をいただきたい、と思います。その後、以上の2点に関して、議論を尽くhしていくことが、問題解決の道と思われます。 --Wasabichikuwa 2010年12月1日 (水) 22:12 (UTC)[返信]

Wikipediaの方針に概ねご理解頂けたようで、幸いでございます。さて、この先でございますが、このノートページに下書きを書き、原稿案を提示してはいかがでしょうか。現在の編集を基にしました。原稿案の作成にあたっては、出典薄弱と思われた部分の削除は構いませんが、Wikipedia:中立的な観点(敵のために書く・本人主張は主張として書く)にも気を付けて下さい。Wikipediaの基準に則った適切な原稿案の提示は、編集合戦の抑止にもつながり、保護解除依頼においても説得力のある意見となりえます。ご検討下さい。--Los688 2010年12月4日 (土) 12:51 (UTC)[返信]

Los688さん、 ご提案ありがとうございます。 以下のよううな、原稿案を作ってみましたが、どうでしょうか。ご意見いただければ、幸いです。 草案中、削除したり、追加した根拠を示す為,1*, 2*, ... とマークを入れ、下にその根拠を列挙しておきました。 現編集の編集者が、書きっぱなしでなく、この場でしっかり議論をする義務を果たすことを希望します。


嶋野 榮道(しまの えいどう 1932年 - )は臨済宗の僧侶。現在、ニューヨーク市内のニューヨーク禅堂正法寺、及びキャツキルの大菩薩禅堂金剛寺、両寺の師家として禅を指導している。 元正眼短期大学客員教授。無位室と号す。2004年(平成16年)仏教伝道文化賞受賞。臨済録英訳を出版、西欧諸国でも接心を行っている。 三島市の龍沢寺専門道場にて、中川宋淵老師の下で参禅。1960年に渡米、ハワイ大学に学ぶ。その後1965年ニューヨークに移り、1968年マンハッタンにニューヨーク禅堂正法寺を開単。1972年9月15日中川宋淵老師の法を嗣ぎ無位室の室号及び扁額を頂く。(1*)  1976年にはニューヨーク郊外キャッツキルに大菩薩禅堂金剛寺を建立する。 2010 年1月23日両寺の母体組織(Zen Study Society)の年次理事会に於いて嶋野氏(2*)は、(3-a *) 引退する旨を表明した。(3-b *) 2010年7月19日、Zen Study Societyの理事会は、嶋野氏が、同会の理事長職を辞任し、2012年には住職をも引退すると発表した。 2010年8月20日には、ニューヨークタイムスが、独自の調査と、ハワイ大学図書館に封印されていたエイトキン文書をを根拠に、嶋野氏の40年以上に渡る女性信者へ不適切な関係を報道した。この後、Zen Study Societyの理事会は、外部のコンサルティング会社、Faith Trust Instituteを雇い入れ、対処策を求めた。2010年9月4日、Faith Trust Instituteは、嶋野氏の公の謝罪、即時引退を含めた提言を行い、その提言は、新しい倫理規範と共に、Zen Study Societyの公式ウェブサイトに掲載されている。(3-c *) 2010年9月7日、嶋野氏は、自らの行為を謝罪し、(3-d*)引退の時期を2010年末に早め(4*)、新規門下生の受け入れを中止することを発表した。(5,6*) 2011年1月1日、法嗣の心華室露光氏(2*)が大菩薩禅堂2代目の師家として就任する。


1*: [1972年9月15日中川宋淵老師の法を嗣ぎ無位室の室号及び扁額を頂く。]は、その検証可能な出典を、現在の編集者が示す必要があります。個人的には、削除すべきだと思いますが、ウィキペヂアの方針を尊重し、現在の編集者の提出する出典を議論したうえで、対処する方向で構いません。 [両寺は、日本の妙心寺などの大本山の末寺ではなく、単立の臨済宗寺院である。丁度、妙心寺が中国の臨済宗本山の末寺でないように] を削除。これは、単なる編集者の希望的な意見です。この記述をサポートする検証可能性のある出典が無い限り、存在すべきではありません。

2*: 「師」、「老師」というのは、その属する団体だけに通用する敬称であり、ウィキペヂアのように、一般的なリーダーを対象とする媒体では、その特殊な団体の立場になって呼称するのは不適切と思われます。一般的な、「氏」が適当です。

3-a *: [渡米50周年の節目に当たる年でもあり、後進に道を譲り年末には] これは、検証可能性の出典から証明される、間違いです。数多くの「引退宣言」が、出されてきましたが、この時点での引退宣言は記録に見当たりません。2010年末での引退が発表されたのは、9月7日であり、1/23の引退発表があったか否かにかかわらず、正しくなく、下の述べるように、その点を支持する検証可能な出典が有ります。8月の時点でさえ、引退時期は2012年だったのです。勿論可能。現編集は、検証可能な記述どころか、異なった時点で起きた多くの事例を、都合よく一部切り取って繕った、検証不可能なものです。現在の編集者には、1/23に、2010年で引退すると発表した、という出典を”是非”示していただきたい。

3-b *: 過去の数々の引退発表に関する記録を見ましたが、この1/23のものは見当たりませんでした。内容的にも、7月以降の展開を考えると、意味の無いものと思われますが、現在の編集者が検証可能な出典を提示してくれれば、ウィキペヂアの方針から考えて、削除する根拠はないので残しました。1* と同様、編集者が出典を提示できない場合には、検証不可能な記述として、削除すべきと考えます。

3-c*:もともとの編集が、日にちを改ざんしてスキャンダルを完全に隠蔽していたので、検証可能性の高い出典を見直した結果、嶋野氏の組織である、Zen Study Societyの公式ホームページに、現在も、Faith Trust Instituteによる提言が掲載されていることに気づきました。”自らの組織”が、全世界に向かって、嶋野氏の実名で許されざる行為を行っていたこと、また、即時引退する事、完全なる公の謝罪をするよう提言されていた事を明言しているのです。自分の組織が認めているのです。これ以上、検証可能性の高いものも無いのではないでしょうか。(http://www.daibosatsu.org/ethical.html)

3 -d *: 9月7日の嶋野氏からの、Zen Study Society を通しての引退等の発表には、謝罪の言葉があることを書き残していました。 3-c* で、公への謝罪を提言されていて、それを行ったのですから追加しておきました。

4*: 2* において、嶋野氏の1月における引退発表を記述したのですから、より、新しい9月のもっと重要で、検証可能な記述が無ければなりません。もともとの記述では、3*のように、1月の発表で、今年末の引退、新しい生徒の受け入れ中止等が示されたような記述ですが、9月の住職引退宣言等を含めた一連の出来事が、ニューヨークタイムスの記事によって火がついたという因果関係を隠蔽し、ニューヨークタイムス記事それ自体を避けようとする、意図的な事実の歪曲です。この事は、本人の9月の声明、ボードからの声明、3-c*と検証可能な出典が有ります。

5*: [然し乍ら、古参の門下生の根強い要請もあり、新住職の指導も兼ね、当分の間、両寺を往復する]  これも編集者の希望的な一方的なクレームであり、検証不可能な出典があるとは到底思われません。編集者が、そのような検証可能性のある出典を提出するまでは、掲載される理由のない記述です。

6*:[嶋野師は、2010年7月] これは、正しくないことを示す検証可能な出典が有ります。嶋野氏自身が属する団体のボードからの、正式な発表の声明書と、ニューヨークタイムスの記事です。現在の編集者が、これを支持する出典を提出しない限り、検証不能の事項として削除されるべきでしょう。 --Wasabichikuwa 2010年12月5日 (日) 00:56 (UTC)[返信]



チェックはしています。文案推敲や他の意見募集への時間も見据えて数日後にまた来ます。--Los688 2010年12月7日 (火) 14:24 (UTC)[返信]



Los688さん、ありがとうございます。--Wasabichikuwa 2010年12月8日 (水) 01:09 (UTC)[返信]


文案に手を入れました。対応する説明も追加しています。

ご覧になって分かるように、批判の分が増えましたが、それは、3-c* に説明しましたとおり、嶋野氏の属する母体組織(Zen Study Society)の公式サイトに、今でも、スキャンダル時に、対応策を頼まれた外部コンサルティングが取りまとめた、嶋野氏を名指しにして、その不祥事を認め、公的謝罪、即時引退を提言する文書が掲載されている事を知ったからです。本人の組織の最高意思決定機構のボードが、公式のサイトで、公に不祥事を認めているわけです。追加した文章は、ウィキペヂアの方針である、批判における一段高い検証可能性の要件の為、控えていましたが、この出典がある以上、問題が無いと判断しました。とは言っても、文章のトーンは、ウィキペヂアのポリシーを尊重し、出来る限り弱く抑えたつもりです。更には、1月から7月までの出来事には、全く触れませんでした。この期間、検証可能な出典に基づく様々な不祥事の展開があったのですが、更なる不祥事の駄目押しをする代わりに、保護されている現編集が歪曲した多くの事例を、時系列に沿って正すだけとしました。

現編集者は、スキャンダルを隠したいあまり、日付を改ざんして事実を歪曲するという行為を行いました。ウィキペヂアの編集のポリシーは、作為のある悪質なものと、意図せずに起こってしまった誤りを区別する、との文章を読みました。 一体、出典も示さずに、自分の行った編集を、保護まで申請しておいて、その後、ノートの議論も全く無視とは、自分のした事に責任を持てないのでしょうか。 --Wasabichikuwa 2010年12月8日 (水) 06:26 (UTC)[返信]



Los688さん、 ありがとうございました。保護が解除された為、このノートで上記に記した文章を以って置き換えました。 今回の件で、ウィキペヂアのポリシーが理解でき、良い経験でした。 ところで、一つ質問があります。 私の上記のノート中にも記したのですが、保護を要請した編集者が、全く、出典を示さない文章を二つほど残しておきました。上記の1-*と3-b*です。 理由としては、自身の記述に責任を持って、出典を示す機会を当然彼、或いは彼女も持つべきだ、ということなのですが、ご存知の通り、このノートの議論にも全く参加しませんでした。このうち、1-*は重要なクレームだと思われるのですが、現在、それと背反する出典を持っている以上、一定の時間内に、そのクレームをサポートする出典を示さない限り、削除されるべきと思いますが、ウィキペヂアの方針からは、どのように判断されますか。 また、今回、保護申請までした編集者が、ノートの議論に全く参加しない、という結果となりましたが、このような無責任極まりない行動を取ったユーザーは、何も、ペナルティーを受ける事はないのでしょうか?少なくとも、編集に参加する資格が無いように思われます。 --Wasabichikuwa 2010年12月14日 (火) 02:34 (UTC)[返信]

出典が無い部分については、{{要出典}}を記事の該当箇所に貼り付け、1-3週間経っても出典提示な無い場合、削除しても構いません。あと、ノートの議論に全く参加しない方は、議論に参加なさるまで、(このケースでは大きな改変を伴う)編集権はありません。今回のケースでは『原稿案』を提示し、充分な推敲期間を設けております。議論・対話・推敲期間を有した文案が優先され、議論なき大幅改編は対話・合意軽視と取られます。Wikipediaでは対話・合意軽視する利用者は排除されます。ただし、議論・対話を行なえば、大幅な再改変は可能ですし、ノートで議論があると言うことは一言かけて下さい。それでも議論に参加しないで(大幅改編の)編集している場合は、Wikipedia:投稿ブロックの方針2.2.4 8.1項 議論の拒否や妨害により議論誘導のためのブロック対象になります。ペナルティーとかは無いですが、当面(新たな原稿案・編集案が提示されその合意が得られるまで)今の原稿案が記事本文に採用されます。対話がなされている分だけ、今の原稿案がWikipedia上でプラス評価され、優先掲示がなされます。当面の優先掲示がアドバンテージと言えなくもありません。--Los688 2010年12月14日 (火) 15:01 (UTC)[返信]

早速のご返事ありがとうございました。該当箇所、2箇所に[要出典]を付けておきました。おっしゃる通り、1-3週間待ち、出典が無い場合、削除します。 度々、質問で申し訳ないのですが、このノート以外のところで”ノートで議論があると言うことは一言かける”というのは、記事上にメモを置くと言うことでしょうか?それとも、他の方法があるのでしょうか?基本的な事なのでしょうが、ウィキペヂア初心者なので教えていただければ、再度、編集合戦を防ぐ助けにもなると思うので助かります。--Wasabichikuwa 2010年12月14日 (火) 15:48 (UTC)[返信]

先ず、今までノートの議論に参加をせずに、保護解除が解除されてから初めて、このような一方的な私信をコピーすると言う行為に大いに驚きます。 議論に参加しなかっただけでなく、このノートすら読んだ後が見えません。少なくとも、読んでから投稿するのが常識と言うものではないでしょうか。 管理人の、Los688さんの2010年11月29日 (月) 16:13のコメントを読まれることをお勧めします。以下に、その前半をコピーしますが、このノート上方で確認できます。

ご案内した文章を読まれていないようですね。Wikipedia:存命人物の伝記およびWikipedia:検証可能性、Wikipedia:独自研究は載せないを必ずお読みになり、理解なさって下さい。検証可能性では、『「真実かどうか」ではなく「検証可能かどうか」』が重視されます。この方針に則っていない『事実』という語を使われても、ウィキペディア上ではほとんど評価されません。ウィキペディア上では記事に関する情報そのものの論考は行ないませんので、生のメールとやらをこのノートページに提示しても無意味です。

ウィキペヂアのポリシーとは、別件ですが、既に引退したはずの嶋野氏が、「住職」と名乗っているのは、おかhしくありませんか? --Wasabichikuwa 2010年12月15日 (水) 04:07 (UTC)[返信]

Wikipedia:論争の解決Help:ノートページが参考になると思われます。1.2 利用者ページに『利用者の会話ページ』の機能説明があります。記事のノートページ(この場所のことです)に気付かない方もおりますので、その場合は、『利用者の会話ページ』で呼びかけて対話・議論場所に誘導してください。--Los688 2010年12月16日 (木) 16:04 (UTC)[返信]

Los688さん、ありがとうございます。 現時点では、ご存知の通りページとノートにポリシーを外れた投稿をして削除されたユーザー以外には、全く、反応がないのですが、要出典への対応を待つ間、ノート以外で何か投稿があれば、ノートで議論するよう呼びかけ、同時に、その事実をノートにも記録しておくようにします。--Wasabichikuwa 2010年12月18日 (土) 13:19 (UTC)[返信]

Realwabisabixさん、 何度も、複数の管理人に削除されているものと同じ投稿を繰り返すのは、「荒し」です。 いい加減になさったらどうですか?ノートの議論にも全く参加せずに、ウィキペヂアの方針を全く無視する態度は、一般の成人として恥ずべき行為であるだけでなく、あなたが非常な関心のある宗教を更に卑しめる結果になっていることに気づきませんか?大体、ニューヨーク・タイムスに日本語の抗議文を送っても仕方ないし、もし、記事の内容が、本当に故なき誹謗中傷ならば、抗議ではなく、訴訟を起こすべきでしょう。また、嶋野氏本人から、と言っていますが、何故、本人が、公式な声明を正式に公にするなりしないで、あなたのように「それと名乗る」人間が、影で動き回って代弁するだけなのでしょうか。今までも何度も繰り返されてきた、「もし状況が悪くなったら言い逃れる」為のパターンですか。訴訟を起こされたらいかがですか?訴訴状が、裁判所のデータベースに乗れば、訴訟を起こした、という文章を載せるのはウィキペヂアの方針からは、妥当でしょう。勿論、その結果もしっかり記述しますが。--Wasabichikuwa 2010年12月19日 (日) 13:58 (UTC)[返信]

「要出典」が、二つの文章に貼り付けられてから、10日が経ちました。 残念ながら、編集保護まで申請した、ニューヨーク正法寺なるユーザーを始めとした複数のユーザーから、全く反応がありません。 従って、上記2010年12月14日 (火) 15:01 の、管理人との会話に従って、1~3週間が目安として挙げられていたので、あと2,3日中に出典の提示が無い場合には、両文を削除します。--Wasabichikuwa 2010年12月24日 (金) 05:22 (UTC)[返信]

上記、2010年12月24日 (金) 05:22の警告に基づき、2文を削除しました。  1972年9月15日中川宋淵の法を嗣ぎ無位室の室号及び扁額を頂く。  2010年1月23日両寺の母体組織(Zen Study Society)の年次理事会に於いて嶋野は、引退する旨を表明した。 の2文です。同時に、「母体組織(Zen Study Society)」の位置をずらしました。 何度も、申し上げますが、編集保護まで申請しておいて、ノートでの議論に全く参加せず、約2週間も期間を置いたのに、自分の編集の出典も提示しない、「ニューヨーク正法寺」というユーザーとそれに呼応していたその他複数、またウィキペヂアのルールを無視して「ご本人様」に頼まれたと自称し、検証不可能なメッセージを、削除されてもされても張りまくる「Realwabisabix」というユーザーと、彼らの社会常識のなさ、無責任さには驚きました。--Wasabichikuwa 2010年12月26日 (日) 17:48 (UTC)[返信]