ノート:小林秀雄 (批評家)
「小林の戦争プロパガンダ」の節が理由もなく削除された件について
[編集]この節はもともと英語版から翻訳したものですが、以下の編集においてNate氏により正当な理由なく削除されました。
記録のためここに記しておきます。--euske 2008年1月5日 (土) 09:17 (UTC)
戦前戦中の小林の時事的発言、「迎合」「尻目に」といった表現
[編集]現在の記述だと「頭のいい人はたんと反省するがいい。僕は馬鹿だから反省しない。」発言の真意が 全く伝わりません。戦前の小林の言動に触れないで、この発言だけ引用する事は非常な誤解を招くでしょう。さらに「太平洋戦争勃発のころから時事的発言を控えて」とあるのに、時事的発言については全く記述しないのはいかなる理由でしょうか?
「敗戦後、たちまち戦後の言論に迎合し「進歩的文化人」に変貌したり懺悔したりする知識人らを尻目に」 この文章も非常に問題です。これでは小林が正しく、懺悔した彼らが間違いであるかのような印象ですね。「迎合」というのは否定的な意味合いで使う言葉ですよ。--以上の署名のないコメントは、210.130.52.12(会話/Whois)さんが 2008-08-25 17:43:06 (UTC) に投稿したものです。
書いた後の履歴
[編集]書いた後の履歴は残していただけますか? --61.198.212.163 2010年5月22日 (土) 12:33 (UTC)
出典を希望します
[編集]- 戦前、小林は国粋主義者である大川周明を称賛する文章を書いた。1937年11月、小林は『改造』誌上で『戦争について』と呼ばれるエッセイを発表し、その中で「天皇の臣民としての義務が何よりも優先する」と主張し、日中戦争に反対する人々を強い調子で批判した。
- https://ja-two.iwiki.icu/w/index.php?title=%E5%B0%8F%E6%9E%97%E7%A7%80%E9%9B%84_%28%E6%89%B9%E8%A9%95%E5%AE%B6%29&oldid=50267981
強調箇所は第四版新訂全集の「戦争について」には見あたらない箇所なんですが、古い版ではありますでしょうか? 小林は「嘘つきお父さん」で、戦後になって敗戦以前の自分の文章を、―― はっきり言えば改竄しているようですので、一応、確認が取れるまでこの箇所はここに置いておきます。
小津安二郎監督の映画『晩春』で、嘘をついてまで娘を嫁に出して一人で涙する「明治の男」な鎌倉住まいのお父さんみたいなもんですかね。--Crw(会話) 2014年4月2日 (水) 10:59 (UTC)
- コメント 上に移設?されている記事本文のみを読んでの印象論なのですが、問題の《その中で「天皇の臣民としての義務が何よりも優先する」と主張し、》部分にあるカギ括弧は、小林のテクストからの引用を示すカギ括弧 ではなく、当該テクストでの小林の主張をウィキペディア編集者が要約していること を示すカギ括弧、なのではないでしょうか?
また、文章表現の質から見ても、初出誌に遡ったとしても当該の原文は存在しない可能性が高いと感じます。(仮に以上の推測が正しいとすれば、誤解を呼びやすいカギ括弧の使い方なので、改善すべき文だと思います。)--Yumoriy(会話) 2024年3月27日 (水) 15:41 (UTC)
戦後、削除改変を認めなかった文章があったそうです。
[編集]部分的な削除を行い再度発表した文書があるそうで、第二次大戦後ずっと部分的な撤回を認めない態度を続けていた、と聞いたことがあります。--2400:4051:A20:C200:C5D1:B082:7EC1:9C82 2022年8月3日 (水) 18:37 (UTC)