ノート:対清弁妄
対清弁妄原文抜粋
[編集]原文の抜粋をこちらに置きます。[1] できるだけ当用漢字に改めています。
およそ物には先後の順序あり。時に緩急の機宜あり。領土大割譲の事しばらく、その義非義[注釈 1]を措いて問わずとするも、これを今日に行わんと欲するは、果して順序と機宜[注釈 2]とを得たる者ならんや、否や。明治政府が、尚文の風を奨励する二十余年、朝野官民斉しく泰西[注釈 3] の文物を取るに急にして、かつて東亜[注釈 4])の事物を顧みず、東亜の安危興亡は、殆ど一に清国の治乱向背に由りて分るべきにもかかわらず、我国人の清国を見るや、越人が秦人の肥瘠を視るより冷淡にして[注釈 5]、現在干戈相交わる[注釈 6] の日に及んでも、なお未だ彼の国の実力真相を発見せざるのはなはだしきに至れり。幸に叡聖神武なる、大元帥陛下の御威徳と、祖宗列聖数千年間陶養あらせられたる忠勇尚武の元気とに頼り、勝を海陸に制し得たりといえども、国民が東洋前途の経営に対する、必要の準備と覚悟とは、未だ一として備わるあらず。然り而して[注釈 7]泰西列国が東洋における、二十余年の、経営を観るに、国交に軍備に、貿易工芸の実利に、拮据[注釈 8]黽勉[注釈 9]至らざる所なく、所謂西力東漸の趨勢は潮の海に涌くがごとく、その意を養い機を覗ふの情形は虎の嶋を負うがごとく、殊に禹域[注釈 10]四百余州の形勝[注釈 11])豊膄[注釈 12]は、あたかも彼等の涎を垂れ牙を嗚らして、瞬時も視線を転ぜざるところなり。
この時に当たり、沿海の一島一嶼[注釈 13]を移動するも、たちまち東洋の過機[注釈 14]を発するに足らん。いわんや今一省または多省の勝地[注釈 15]沃土[注釈 16]を挙げ、もって我の版図に加えんと欲す。これ果して時の機宜を得る者と言うべきか。ことに国民の覚悟と準備と、未だ整頓せずして、ついにこの一大難事を挙げんことを欲す。これ果して物の順序を誤らざる者と言うべきか。
我国は連勝の余威をもって、これを求め、清国は連敗の余喘をもってこれに応ず。求むる所大なりといえども、応ずる者拒む能わずとは、議者の仮想する所ならん。顧うに[注釈 17]清国自身の抗拒力なきに至るは、或は然らん。
ひとり未だ知らず夫の涎を垂れ牙を鳴らして、環望する諸国は、果して袖手[注釈 18]黙坐もって我国の為すままに任かすべきや。彼の英国は、平壌黄海の捷報[注釈 19]達するか達せざるかの間に、早くも聯合[注釈 20]干渉の議を提起せしにあらずや。当時他の諸強国がその議に同ぜざりしも、豈に悉く我国の進取を欲して然るならんや。英の提議は一たび敗れたりといえども、他国の提議は、再び出でざるを保せず[注釈 21]、聯合干渉の議は、一たびしりぞけられたりといえども、単独干渉の策は、隠然施されざるを保せず。交戦中の干渉案はしばらく頓挫したりといえども、決戦後の干渉案は、あい継いで試みられざるを保せず。一且干渉四方に起り、紛々擾々、また経理収拾すべからざるに至らば、我国たる者はまさに如何にしてその希望を遂げんとするや。名正しく事順にして秋毫[注釈 22]非議[注釈 23]すべからざるの事といえども、なお左牴右吾[注釈 24]容易にその目的を遂げざらんことを恐る。而るを[注釈 25]いわんや名と事といまだ全く正順を得ざる者をや。
今一歩を退き我国は、よく百難を排して、領土割譲の希望を遂げ得べしと仮定するも、彼れ諸国は豈に我をしてひとり得る所あらしめてやむ者ならんや。
曩者[注釈 26]英国が協同干渉の議を発したるに当たり、他の諸強国がこれをしりぞけたるは、全く英が優先利得を壟断[注釈 27]するを疾忌したるに由れるにあらずや。この心を推して、これを思えば、もし一朝我にして清国の一省を取らんや。すなわち彼等も各一省を取らざれば饜く[注釈 28]まじ、我にして我に利便なる方面を割かんや。すなわち彼等も各その利便とする所を割かざれば満足すまじ。これを要するに我国が領土大割譲を求むるの時は、即列国が萬域分食の素志を行うの暁にして、我国が一省一郡を領得するの日は、即清国が四分五裂して豺狼の爪牙に掛かるの秋なり。夫れ清国はすでに四分五裂に終れり。赤毛碧眼の異種族は、中原に跋扈せり。この時に当たり一省一島の新領は我に何の稗益[注釈 29]か有る。孤掌鳴らすに由なく、隻手[注釈 30]江河を支うる能わず、東洋の大事ついに為すべがらざるなり。
かつそれ至誠至仁の心を体し、抜苦輿楽[注釈 31]の急に迫り、千萬やまんと欲してやむ能わざるの時期にあらずんば、領土割譲の事は、未だ遽に[注釈 32]求むべからず。
もしいたずらに戦勝の余威に任かせ、敵国の失勢に乗じ、彼の土地人民を奪うて我の版図を広むるを計らば、後患の伏する所[注釈 33]、禍根の萌す所[注釈 34]、必ず寒心[注釈 35]すべき者あらん。
脚注
[編集]- ^ 井上雅二『巨人荒尾精』佐久良書房、1910年。
- ^ 正義にそむくこと
- ^ 時機にふさわしいこと
- ^ 西洋
- ^ 東アジア
- ^ ひせき、太っていることと痩せていること。越の人は、遠く離れている秦の人の肥瘠を見ても何とも思わないことから、自分に関係のないものは何とも思わないたとえ。出典:韓愈-諍臣論
- ^ 戦争をすること
- ^ それに加えて
- ^ きっきょ、忙しく働く
- ^ びんべん、つとめはげむこと
- ^ ういき、中国のこと
- ^ 風景が優れていること
- ^ ほうしゅう、富むことと欠けること
- ^ 小さな島
- ^ 災難が生じるきっかけ
- ^ 景勝地
- ^ 地味の肥えた土壌・土地
- ^ 考えるに
- ^ 袖の中に手を入れる。転じて、手をこまねいて何もしない意
- ^ 勝利の知らせ
- ^ 連合に同じ
- ^ 保証できない
- ^ きわめて小さいこと
- ^ 論じて非難すること
- ^ いろいろ食い違って
- ^ それなのに
- ^ のうしゃ、さきに
- ^ 利益や権利を独り占めにすること
- ^ 満足する
- ^ 助けとなり、役立つこと
- ^ 片手のこと
- ^ 苦しみを除いて、安楽を与えること
- ^ にわかに
- ^ 後の憂いが隠れている所
- ^ 禍いの元が芽生える所
- ^ 恐れや不安の念で、ぞっとすること
Kenzi 2013年11月12日 (火) 07:37 (UTC)
記事の問題点
[編集]コメント依頼から来ました。作者の荒尾精は1896年に亡くなったそうなので著作権の保護期間は過ぎていますから引用しても著作権上の問題は発生しないでしょうが、それでも本文の半分以上が引用というのは多すぎますし、重要な部分として選んだ理由が独自研究に当たる可能性があります。残りの概要部分も作者の記事に節を設けて書く方が適切ではないでしょうか。単独立項するほどの特筆性があるようにはみえません。--SilverSpeech(会話) 2017年4月5日 (水) 01:05 (UTC)
- SilverSpeechが指摘する個所がまさに問題であると考えます。本記事自体の削除が妥当ではないでしょうか。--Chuanboren(会話) 2017年4月5日 (水) 10:09 (UTC)