コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

ノート:国策捜査

ページのコンテンツが他言語でサポートされていません。


出典がそもそも存在しない「個人の印象に基づいて書かれた」文言

[編集]

出展がそもそも存在しない「個人の印象に基づいて書かれた」文言を 「出展があるまで待ったほうがよい」などというのは 全くもって論理的でない反論である。 --以上の署名のないコメントは、218.220.216.191会話/Whois)さんが 2009年3月5日 (木) 15:06 (UTC) に投稿したものです。[返信]

では、「出典がそもそも存在しない「個人の印象に基づいて書かれた」文言」と断定する根拠をお示しください。そのような理由で除去をおこなう行為こそが「個人的な印象に基づく恣意的な編集」と呼ばれるのです。--花蝶風月雪月花警部 2009年3月5日 (木) 15:30 (UTC)[返信]
記事を拝見しましたが、大方の記述は出典の文献に基づくものであり匿名氏の削除は不相当であろうと考えます。もっとも情報量の少なさは改善すべきかと思いますので、出典を完全につけて情報を増強した版を執筆いたしました。もし異論がないようでしたら投稿してみたいと思いますのでご意見をお願いいたします。--Duski 2009年3月8日 (日) 07:28 (UTC)[返信]

警察の捜査

[編集]

現在の記事では検察の捜査に関する記述ばかり出ていますが、警察による国策捜査は全くないのでしょうか? もし警察による国策捜査があるのだとすれば、記述内容を「捜査当局」と幅広くしなければならないのでしょうか? --経済準学士 2009年3月9日 (月) 19:03 (UTC)[返信]

そうですね。警察も含めて「捜査機関(検察、警察)」と書いた方が良いでしょう。--阿吽の呼吸と涅槃の混沌 2009年3月10日 (火) 02:50 (UTC)[返信]
国策捜査というのは、ほぼ特捜検察(たまに特捜以外の検察)の捜査だけについて言われることで、通常は警察批判の文脈では用いられないように思います。そもそも、警察には国策捜査ができるだけの権限(訴追権限:起訴便宜主義により検察が独占している)がありません。もしご指摘に沿うような文献が何かあれば教えてください。--Duski 2009年3月10日 (火) 03:44 (UTC)[返信]
>そもそも、警察には国策捜査ができるだけの権限(訴追権限:起訴便宜主義により検察が独占している)がありません。
訴追権限がなくても捜査権限はあるし、警察は全国の警らなどを含む幅広い情報網や多くの人数など大きなパワーを持っていることは重要視されてもいいと思いますが。
そもそも、警察が国策捜査をしないのなら、「自民党が立件できない」とオフレコで語った内閣官房副長官は警察庁長官経験者だったけど「警察官僚出身」とことさら結びつける必要はないと思うのですが、どうでしょうか?--経済準学士 2009年3月10日 (火) 17:11 (UTC)[返信]
「起訴」に関しては、検察が独占していますね。ただ、「逮捕」「家宅捜索」など「捜査」に関しては警察も可能ですが。--阿吽の呼吸と涅槃の混沌 2009年3月10日 (火) 23:34 (UTC)[返信]
ちょっと言葉が足りなかったかもしれません。訴追権限(正確には公訴権)の有無は、国策捜査において決定的な意味を持つようにおもいます。というのも、国策捜査は「訴追ありき」で行われるところ、警察は公訴権がないので「訴追ありき」で捜査することができないからです。また、国策捜査では、主に特捜検察による捜査が行われるわけですが、その場合は一次捜査権すら検察が持つことになり、警察による捜査が基本的にありません。もちろん警察の捜査権は強力なものなのですが、検察、特に特捜検察のそれとは雲泥の差があります。
漆間氏が警察庁長官だったということが重視されるのは、検察との関係が疑われるからではないでしょうか。小沢一郎の秘書の捜査は東京地検特捜部によるもので、警察によるものではありませんので、他に合理的な説明は思いつかないのですが…。いかがでしょう。--Duski 2009年3月11日 (水) 08:32 (UTC)[返信]
本文の出典ないし参考文献では、国策捜査という文言がでてくるのはいずれも検察批判の文脈です。経済準学士さんのいうように、警察による国策捜査が「あるのだとすれば」記述内容を変更する必要があろうかと思いますが、これは仮定のお話ですよね?警察による国策捜査についての文献などを示していただければ議論が進むように思います。--Duski 2009年3月11日 (水) 08:47 (UTC)[返信]
>警察による国策捜査についての文献などを示していただければ議論が進むように思います
警察の捜査が国策捜査と指摘された例がありましたね。2004年4月に植草一秀の痴漢事件が逮捕された事件です。植草の支持者たちは「りそな銀行インサイダー取引疑惑について政府高官の関与について調べていた植草を業界から抹殺するため」と指摘し、植草の逮捕も検察ではなく警察が関わっています。ベンジャミンフルフォードも植草事件の国策捜査とする観点から指摘してました。--経済準学士 2009年3月11日 (水) 10:51 (UTC)[返信]
申し訳ありません。繰り返しになりますが、文献などをご教示ください。「植草の支持者たち」「ベンジャミンフルフォード」とおっしゃられても、検証可能性がありませんので。また、古歩道ベンジャミンについてはWikipedia:信頼できる情報源をご覧下さい。--Duski 2009年3月11日 (水) 12:55 (UTC)[返信]
文献はベンジャミンフルフォード「暴かれた〈闇の支配者〉の正体 」(扶桑社)です。検証可能性は提示しました。--経済準学士 2009年3月12日 (木) 09:54 (UTC)[返信]
繰り返しになりますが、古歩道ベンジャミン信頼できる情報源ではないように思います。より詳細な説明が必要でしょうか?--Duski 2009年3月12日 (木) 16:21 (UTC)[返信]
ご提示いただいた文献を念のために検証しましたが、やはり信頼性に欠けると考えます。同書においては、「国策捜査」との文言は数カ所だけ確認できましたが、「国策捜査」についての定義らしきものがありません。そこで、該当箇所をざっと通読したところ、同書が主張しているのは、アメリカを批判する者には、なぜか疑惑がでてきて捜査がなされるのだ、ということですね。デヴィッド・ロックフェラーが頂点に君臨する「闇の権力(フリーメーソン)」が、その背後にいるとしています。つまり、同書でいう「国策捜査」とは「アメリカの陰謀」ないし「フリーメーソンの陰謀」による捜査であって、これは「国策捜査」についての通常の定義とは大きくかけ離れたものです。古歩道ベンジャミン(ベンジャミン・フルフォード)を根拠にして議論するのは果たして妥当でしょうか。--Duski 2009年3月13日 (金) 03:10 (UTC)[返信]
ご提案から1週間以上経ちましたが、国策捜査の主体に警察を含めるべき特段の理由もないようですので、不記載ということでよろしいでしょうか。--Duski 2009年3月17日 (火) 16:21 (UTC)[返信]
とりあえず、警察の件は保留にしておき、今のところは検察の事例を記述する方向で良いと思います。今後、検察だけではなく、もし警察の事例も出てきたならば、その時に警察の事例も追加する方向で考えれば良いと思います。--阿吽の呼吸と涅槃の混沌 2009年3月17日 (火) 23:30 (UTC)[返信]