ノート:名古屋市営バス野並営業所
〔八事12〕について「要出典」が出てましたので書き直したんですが、これでどうでしょうか?--Satok0195 2008年11月21日 (金) 13:44 (UTC)
以下本文より引用
なぜ系統番号を変える必要があったのかについては詳細は不明であるが、この再編で平日のみ運行の〔折〕を新設したために、千種駅前まで行かない杁中止まりが「千種」を名乗るのは混乱の元だろうという判断があったのではないかと考えられる。 これの内容についての情報源はあるのでしょうか?
Wikipdiaの基本方針として独自研究は載せないという方針があります。Satok0195さんにおかれましても、一度目を通していただきたいと思います。--Chicori 2008年11月21日 (金) 16:50 (UTC)
〔千種15〕→〔八事12〕の訳
[編集]こっちには書けそうなので再掲。
この再編で平日のみ運行の〔折〕を新設したために、千種駅前まで行かない杁中止まりが「千種」を名乗るのは混乱の元だろうという判断があったのではないかと考えられる。
傾向としてはあるんだよね。 (例):〔幹池下1〕が大幸団地~大森車庫の支線開設時になぜか〔幹砂田1〕に変わっている。
しかし、情報源って内部資料なんじゃ?
統計資料にでも載っているんだろうか?
ただ他に理由ってあるんですかね? 系統番号変えるとなると系統図や表示、自動放送システムの管理番号なんかも変えなければならなくなって予算がいるんだし……。--Satok0195 2008年11月23日 (日) 01:27 (UTC)
〔瑞穂巡回〕の沿革について
[編集]手許の資料から判明出来たのはここまでです。
2004年までの〔瑞穂区〕である。
〔瑞穂区〕は当初は御器所営業所の管轄で、名鉄神宮前 - 堀田通五 - 牛巻 - 瑞穂通六(現・瑞穂運動場西) - 瑞穂区役所 - 御器所通というシンプルな経路であったが、1994年の再編で御器所営業所が一時閉所になることから当営業所に管轄が変更となり、同時に経路が名鉄神宮前 - …… - 瑞穂区役所 - 市大薬学部 - 山下通(現・瑞穂運動場東) - 清水ヶ岡 - 弥富桜ヶ岡 - 中根と変更された。
2000年の再編で新瑞橋を起終点とする循環型の経路に変更するのと同時に瑞穂区役所 - 大殿町間が川澄町経由に変更となる。
2004年の〔瑞穂区〕→〔瑞穂巡回〕の再編では瑞穂区役所-川澄町間を瑞陵高校経由に、また中根 - 新瑞橋間を瑞穂運動場東経由に変更した。
2004年以降の資料を持ち合わせてありませんので加筆をお願いします。--Satok0195 2011年4月19日 (火) 10:49 (UTC)