ノート:史料
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記述に「資料」と「史料」が混在_2005年12月
[編集]史料論を書く力は私にはないのですが、現状でみると図書館情報学的な意味での資料と歴史学的な意味での史料がごっちゃになっている観があるのですが、いかがでしょうか? --Kotoito 2005年12月9日 (金) 18:33 (UTC)
- 「その他」のところでしょうか? 史料論の本を探してますが、片手間なので、未だうまくゆかず…です。 --忠太 2005年12月12日 (月) 16:50 (UTC)
一次史料、二次史料
[編集]例えば、次のような場合はどうか?
- 一次史料:吉田松陰の研究をする際には『吉田松陰全集』に収められている著作や日記、書簡類、また同時代人の書いた記録などが一次史料になる。
- 二次史料:徳富蘇峰が著した『吉田松陰』は、松蔭の書簡などを多く引用しているが、松蔭の事跡自体を知る上では二次史料程度の扱いになるであろう。しかし、松蔭が後世に与えた影響を調べたり、徳富蘇峰の歴史観を研究する上では、一次史料として利用できる。
→普通の書籍も一次史料でよいのかな? --忠太 2005年12月28日 (水) 16:25 (UTC)
第一級史料とは_2007年8月
[編集]「第一級史料」の記述について、「ちゃんとした定義があるんなら、出典を示して欲しい」という NiKeさんの指摘ですが、確かにちゃんとした定義はありません。ある史料の重要性を強調したい、と思ったときに「これは第一級史料だ」と呼ぶわけです(第二級史料という言い方はしない)。→修正してみます。 --忠太 2007年8月31日 (金) 15:02 (UTC)
- というと、なんとなく使われている言葉なんですかね。出典は……難しいかなあ、そういうのだとしたら。 -- NiKe 2007年9月1日 (土) 05:04 (UTC)
- 別に難しくもないでしょう。使われている事例をひけばいいのですから。きわめて辞書的なのが気にはなりますが。その言葉ずばりではないですが、例えば角川書店 新版『日本史辞典』(ISBN 4-04-032000-X、角川書店、1996年)の「小右記」の項目(pp535)では「藤原道長の台頭から死去までと、その後の頼通時代の摂関政治の様相と社会状況を詳細に記す第一級の史料」と説明されています。同辞典の別項目「正倉院文書」(pp527)でも「奈良時代の社会経済の実態を伝える第一級の史料である」と記述されています。小さな工具書をちょこっとひいただけでも、ほぼ同じ表現の言葉が出てくるわけですから、事例はいくらでもあるのではないでしょうか。--ごまふあざ 2007年9月1日 (土) 06:32 (UTC)
- どちらも「第一級 の 史料」と記述しているのですね。なんだか「第一級史料」という用語は実のところ存在しないように見えてくるんですが。 -- NiKe 2007年9月1日 (土) 08:12 (UTC)
- 検索してみたら、研究者による用例も見つかりますから、これ以上問題視する必要もないと思います。「第一級史料」という用語に問題があるのではなく、その意味を十分理解しないままに「1級史料」なんて言葉を振り回す人に問題がある、って話ですね。--shimoxx 2007年9月1日 (土) 08:43 (UTC)
- どちらも「第一級 の 史料」と記述しているのですね。なんだか「第一級史料」という用語は実のところ存在しないように見えてくるんですが。 -- NiKe 2007年9月1日 (土) 08:12 (UTC)
- 別に難しくもないでしょう。使われている事例をひけばいいのですから。きわめて辞書的なのが気にはなりますが。その言葉ずばりではないですが、例えば角川書店 新版『日本史辞典』(ISBN 4-04-032000-X、角川書店、1996年)の「小右記」の項目(pp535)では「藤原道長の台頭から死去までと、その後の頼通時代の摂関政治の様相と社会状況を詳細に記す第一級の史料」と説明されています。同辞典の別項目「正倉院文書」(pp527)でも「奈良時代の社会経済の実態を伝える第一級の史料である」と記述されています。小さな工具書をちょこっとひいただけでも、ほぼ同じ表現の言葉が出てくるわけですから、事例はいくらでもあるのではないでしょうか。--ごまふあざ 2007年9月1日 (土) 06:32 (UTC)
- 私の理解している範囲ですが。。。
- 「第一級史料」は、書かれている内容がその時代にその人によって書かれている事が証明されている一次史料。ですから、日記やメモ書きとかでも立派な一級史料です。ただ、難点があります。私たちがその時代からずーっと生きていて証明するのならいいのですが、私たちは現代の人間なのでそれが本当に「第一級史料」に値するか証明しなくてはいけません。ですから国や人によって解釈が異なってくるため史料批判が発生します。よって歴史学が成り立ちます。結果、今はそれが第一級史料でも新たな発見がありいつかそうで無くなる日がくるかもしれないのです。--Information Center 2007年9月3日 (月) 05:33 (UTC)
- 史料には、「制作されるときから、後世の不特定の目を想定して作られたもの」と、「制作当時はそんなこと微塵も思わなかったに違いないもの」があると思います。日本書紀や小右記は前者、プライベートな書簡は大抵後者に入ると思いますが、作家の中には書簡や日記ですら後世自分の全集が編まれることを想定して書く人もいるだろうと言われることがあります。また裏帳簿など、同時代オリジナル資料であっても捏造されたものもあるでしょう。これらは前者に入れるべきと思います。こういう区別を表す用語って何かありますでしょうか。
- 無論、捏造された、もしくは記述内容の疑わしい「日記」は、同時代の本人が書いたオリジナルであれば「一次資料」でしょうが、「一級資料」とは言い難いと思います。「一級資料」には、他を圧倒するような資料的価値、という意味合いはありませんでしょうか。中世以降の歴史ではたまたま一次資料に偏っていると思いますが、日本書紀も「一級資料」ではありませんでしょうか。どう見ても二次資料であり、後世の目を想定して作られたものであり、素直に信用できない部分も含まれていますが。例えば地震その他の災害の日付が解るという点では第一級の資料的価値があると思いますが、単に地名が書き込まれているというだけなら、別の文書(正倉院文書など)や木簡の現物がもしあるのならこちらの方が第一級である、というような。
- 当方、国文出身で歴史学の専門家ではありませんので、ハズしておりましたらご放念ください。--КОЛЯ 2007年9月3日 (月) 19:15 (UTC)
- 私の感覚でも一級史料は単に一級品の史料というだけと思います。例えば『史記』は一級史料と言われることが多いかと。--らりた 2007年9月4日 (火) 09:56 (UTC)
- 一次史料とは、史料を外的に区別した場合の用語で、「当事者が事件当時に記したもの」ということです(歴史的に重要かどうかは一応別問題と思われ)。一方、一級史料とは、内容的に非常に重要な史料であることを強調したいときに使われる言葉のようです。例に挙げていただいた『日本書紀』や『史記』は後世の編纂物ですから、先の定義によれば一次史料とは言えないかと(他に代わりうる史料もなく、間違いなく一級史料になるでしょうけど)。 --忠太 2007年9月4日 (火) 12:45 (UTC)