ノート:可児徳
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ドッジボールの紹介の項目について
[編集]「可児は同書で以下のような4種類のドッヂボールのルールを紹介している」と有りますが、出典となっているのは坪井玄道・可兒德の共編である「小學校運動遊戯」です。両者のどちらが「ドッジボール」の項目を書いたのかは出典からは不明であり、可児と断定している論拠は有りません。表現を改めたほうが良いのではないでしょうか。--Y.haruo(会話) 2019年2月12日 (火) 13:40 (UTC)脱字を修正--Y.haruo(会話) 2019年2月12日 (火) 13:50 (UTC)
- ご指摘ありがとうございます。当該1か所のみ坪井の名が欠落しておりました。失礼しました。修正済です。--Miyuki Meinaka(会話) 2019年2月12日 (火) 23:35 (UTC)
- ご対応頂きありがとうございました。本題からややずれますが、記事の出典としても用いられている中日新聞の記事では、苗木遠山史料館が『(可児が)留学先の米国からドッジボールを伝えた』としていますが、ドッジボールが紹介されたのは可児が留学前の1909年ですので明らかに間違っていますね。ドラマに地元の偉人が登場するので歓迎する気持ちはわかりますが、史料館ではそれが誇大や誤伝といった良からぬ方向に向かっている様に思います。--Y.haruo(会話) 2019年2月13日 (水) 17:04 (UTC)